「先生!一ピノコ、二ピノコ、三ピノコやから!」
「…は?」
少女が楽しそうに言う言葉に、世界一の外科医はコーヒーカップを持ったまま、間抜けな声を出した。



○一年の計は元旦にあり○



“新年明けましておめでとうございまーす!”とTVの中のタレントは大きな声で挨拶をしている。収録の際は12月だったろうに、こんなに楽しそうに新年を祝う言葉が出るもんだな、とBJはタレント泣かせの事を考えながら、医学書片手にコーヒーに口をつける。
そこで部屋に飛び込んで来たピノコが発した台詞が“一ピノコ、二ピノコ、三ピノコ”という何とも珍妙なものだった。

「…それはお年玉の謎賭けか何かか?」
「違うのよさ!初夢の話!」
「だから何だ?その…」
「一ピノコ、二ピノコ、三ピノコ!」
ピノコの目は星でも落ちてくるんじゃないかと思うくらい輝いている。
時折BJさえ驚く行動をしてしまうこの少女が何を言いたいのか、BJはその明晰な頭脳を持って考え抜く。

そこで、BJはあるフレーズに思い至った。

「まさかお前…“一富士、二鷹、三なすび”の話じゃないだろうな」
「そう、そえ!」
……当たった。
それは良しとして、全てのフレーズがピノコに変わっているのかが全くの謎、そして最大の謎だ。
(――これは話が長くなる)
そう直感した天才外科医は医学書とコーヒーカップをテーブルの上に置き、TVの音量を少し下げた。
「じゃあ何で富士と鷹となすびが全部ピノコの名前になってるのか分かりやすく教えてくれ」
「縁起がいいんれしょ?」
「一富士、二鷹、三なすび、はな」
「やから、ピノコの名前に変えたの!」
「変えればいいってもんじゃない。そもそも“一富士、二鷹、三なすび”のいわれは…」
そこまで言いかけて結局BJは言うのを止めた。
「なぁに?」
「いや、気にするな」

そもそも“一富士、二鷹、三なすびの起源については諸説あり、一つには富士は「無事」、鷹は「高い」、なすは事を「成す」という掛け言葉を示す。ついでに四おうぎ、五たばこ、六ざとう、と続くぞ”とピノコに言った所で意味が無い。

「でも先生、富士山の夢見たって楽しくないのよさ」
「まぁ確かに」
夢になすびが出てきても面白くも何とも無い。出来れば難解な症例の…
「先生、…今オペの夢見たい、って思ったれしょ」
「…思ってない」
「嘘らー。難しいオペすゆ夢見たい、って思ってたんれしょー」
「……思ってない。大体初夢にオペの夢ってのは無いだろう」
少女の追及を逸らすためとはいえ、自分の言い訳に一抹の悲しさを覚えながら、苦し紛れにコーヒーを飲むとやたら苦く感じられ、BJは盛大に顔をしかめた。
「とにかく、言いたいことはわかった。で、何故“一富士、二鷹、三なすび”に繋がるんだ?」
「らって今年初めて見る夢は好きなものがいいれしょ」
そう言われて見れば、ピノコの意見も分からなくはない。
三なすびなんて徳川家康の好物だったという説もあるくらいだ。なら、自分の好きな夢を見た所でさして問題はあるまい。
BJ本人も良く分からないままピノコの意見に傾きかける。

「でね、ピノコは“一先生、二先生、三先生”なの!」
BJは一瞬ピノコの言う事を理解しきれずに固まった。
そしてその直後ピノコの言わんとしている意味を知ったBJは、思わず吹き出しそうになったコーヒーを慌てて喉で押しとどめると、コーヒーが気管に流れ込み、思いっきり咳き込んだ。

「先生!大丈夫?」
「…気にするな」
何故己が此処まで動揺するのか一向に分からないBJは未だ咳き込もうとする己の体を恨みながら思案するが、答えはやはり出ては来ない。
(……一体何なんだ)
ピノコは普段から所構わず誰にでも“先生の奥たん”と宣言して回っているようなものではないか。BJを夢見たい、と言い出しても何も可笑しい事は無い。

「ピノコは先生の夢見るから、先生は絶対ピノコの夢見てね!」

「………。」
トドメの一撃。
BJはそれ以上何も言わず白旗を上げた。

TVではタレントが新年という大義名分で馬鹿騒ぎをしている。あと3日もすれば滑稽な姿に見えるに違いない。今日は急患無し。元日。平和な一日。
…であるはずだ。そうあらねばならない。

「初夢、楽しみなのよさ!」
そう目を輝かせながらおせちを用意する少女を横目に見て、
「…そうだな」
そう答えるのがBJの精一杯だった。


*


次の日の朝。
先生の夢が見えたー!と喜ぶ少女を見ながら、微妙な顔でコーヒーを飲む一人の天才外科医が居たとか居なかったとか。
さて、かの天才外科医の初夢には何が―誰が―登場したのか。

答えは本人のみぞ知る。



END
 





『re:W』の御影様よりいただいてきました!
おわあああああ!!!一ピノコ、二ピノコ、三ピノコ!!!
可愛い!なんて可愛いことを言うのよ、ピノコちゃんったら!!
是非、ワタクシもその精神でいきたいともいます!!(笑)
無自覚先生も、最高です!素敵です!ありがたや!ありがたや!
先生!!一体どんな夢だったの!?滅茶苦茶気になります!!
御影様!!こんな素敵な小説をありがとうございますうう!!!