人間の骨格の99%以上を人工化。
 脳、脊髄は更にカバーで覆い、筋肉組織も89%を人工のものに替える。
 内分泌系、リンパ系、消化器系、骨髄、その他組織、器官も実に70%を人工化。
「彼らの身体能力は、同年齢の成人男子の約5倍、戦場での生存率も飛躍的にupしています」
プロジェクターの眩しい光の中、彼は淡々と説明を続ける。
「目標は、99.99%以上の全身義肢化。いや、義体化と呼ぶべきか。これが、結論と呼んで良いと思います」
 そして彼は頭を下げる。
途端に沸き起こる、彼への賛辞、割れんばかりの拍手。
「素晴らしい!」
「さすが、未曾有の天才だ!」
 口々に彼を褒め称える医師、技術士の中、エドワード・ジョルジュはその資料を震える手で握り締める。
 そして、彼を見た。
 統括者である全満徳が当然の様に彼の傍らに立ち、満足そうに表情筋を歪めている。
 そして、こんなにも賛辞を受けながらも、彼---間 影三は表情を変えることなく、ただ立ち尽くしたまま。




 人間の完全人工化に一番反対していたのは、皮肉にも影三と同じ日本人医師である本間丈太郎であった。
 彼はいかにも臨床医らしい思想の持ち主であった。
 医師は、人間が本来持つ生命力を疑ってはならない。
 それを高め、手助けするのが本質なのだ、とよく説いていた。
 当時まだ若かった影三も、その思想に深く感動し、賛同したものだったのだが、だが、どうだ。
 アジア最大の国の兵士の全身義体化による、データ集め。
 その技術を確立したのも、開発したのも影三主導によるものだという。
 また、中東の例の新国家を名乗る兵士をも、その技術をつけ狙うのだ、と。
 確かに、彼は天才だと思う。
 90%以上の全身人工化など、常識では考えられない。
 だが、実に兵士の300名ほどが、この手術を受け、現実に戦場で戦闘しているのだという。
 勿論この事実を、政府側は公にはしていないし、医学界でも影三の名前はまったくあがっていない。
 影三はこのノワール・プロジェクトから外へ出ることなく、黙々とこの狭い世界に留まっている。

理由は、知っている。

 廊下の自動販売機のコーナーで影三を見つけたとき、ジョルジュは神に感謝した。
 偶然。本当に偶然だった。
 その奇跡が起こらなければ、ジョルジュは彼に話し掛けることすら許されない。
 何故なら、ジョルジュは人質をとられていた。

 影三への意図的な接触は、エドワードの大切な者を傷つけるきっかけになるのだ。

 実に、数年ぶりの再会だった。
「間クン」
 いつものように、いつもかけていたように、ジョルジュは名前を呼んだ。
 缶コーヒーを持っていた彼は、驚いたようにこちらを向く。
 一瞬だけ、そう、それはほんの一瞬だけ、影三の瞳に感情が過った。
 だがそれは刹那に掻き消え、彼は先ほどの無表情に感情を殺す。
「お久しぶりです、ドクター・ジョルジュ」
 ゾッとするほど、感情のない声。まるで機械的な音声だった。
 そんな声は聞いたことが無い。
 彼は、もっと少年のように生命力溢れる、力強い声の男だったのに。
「間クン…ちゃんと食べているのか?顔色が悪いが…」
 何をいってやれば。
 何を話せばいいのか。
 本当に言いたいことをここで彼に言うわけにはいかない。
 何故なら、ここは監視が入っている。
 言動によっては、彼に危害が加わる。
 慎重に言葉を選び、なるべく当り障りの無い会話を。
「なら、診察でもしますか?ドクタージョルジュ」
 痛々しく、微かに影三は笑って見せた。
 ネクタイを緩め、Yシャツの第一ボタンを外す。
 それだけ。たったそれだけだったのに、ちらりと見える、胸元の傷跡。
 それだけで、充分だった。
 言葉が、出なかった。
 それは、彼が、全満徳に刻み込まれた、所有の肉印。
「…か…間クン…」
「俺は、大丈夫です」ネクタイを締めなおし、そして「キリコ君は元気ですか?」
「ああ、元気に学校へ通っている」
「もう何年生ですか?どんな勉強を?」
「来年から中学だよ。小難しい勉強をがんばっている…この間、べースボールは苦手だとか言っていたよ」
「ベースボール…!そんな年齢なんですね!」
 他愛のない会話。無表情だった影三の瞳から、涙が溢れる。
「会いたいですね…もう、何年も会ってない…」
 声は変わらず機械的な無感情。だが、その瞳からは残酷にも涙が溢れ出す。
 会いたいのはエドワードの息子に、ではないことを勿論知っていた。

 本当に会いたいのは。本当に会いたいのは。

 ポケットからハンカチを取り出し、エドワードはその涙を拭ってやる。
 丁寧に、丁寧に、拭ってやった。
 影三はそのハンカチを静かに受け入れる。
 まるでひと時の安らぎに、身を任すように。
「もう、大丈夫です。失礼しました」
 頭を下げて、彼は立ち上がった。  そして、静かに、口早に告げた。「エド。貴方に会えて、本当に嬉しかった」
 踵を返し、彼は廊下へと進む。
 その背中を、エドワードは見送るしかない。
 その、彼の涙を拭ったハンカチを握り、見送るしかなかった。
「…すまない…影三…」
 いっそ、彼を抱きしめられたら。その涙を受け止めてやれたら。
 彼をかくまうことができたなら。
 それは、できるはずのない、現実だった。

 廊下を歩む影三の内ポケットにある、PHSが音を鳴らす。
「はい」
『影三。ドクター・ジョルジュに会ったそうだね』
 電話の相手は、全満徳だった。
 このプロジェクトの総指揮者であり、影三の義父であり、そして
『今すぐ、部屋へ来い。向こうの部屋だ』
「…分かりました」
 通話を切り、影三は全満徳のもう一つの部屋へと向かう。
 まるで機械的な、無表情で。

Mechanical expressionless