岬の診療所の日録 四月


 




 
  ◇天気はいいけど、風が強い日
 不本意ではあるが、幼稚園に通う身としては、新年度となる4月はウキウキと楽しかった。
 何せ新しくなるのだ。昨日からの地続きの今日であるのは承知ではあるが、それでも今日からは新しくなるのだと言われると、新鮮な気分になる。心機一転と言う言葉がまさにふさわしい。
 ただの慣習ではあるが、世間一般、テレビ番組なども4月から改変されることで、生活もなんとなく変わってくる。いまや、動画視聴の方が増えつつあるが、テレビ局が編成する番組は、やはり生活からは外せない一部だった。
 それはそれとして。
「せっかくの四月らのに」
 幾分、寂しげな声をあげる少女は、薄いピンクの綿ニットのカーディガンを脱ぎ、代わりに昨日まで来ていたモコモコのフリースパーカーを着込んだ。
 天才外科医に食後の珈琲を運んできた際に、盛大にくしゃみをしたから。
 コーヒーカップを渡した後であったため、それを零してしまうという悲劇は回避できたが、健康管理担当であり主治医である天才外科医に「そんな薄着でいるんじゃない」と注意されてしまったのだ。
「うすぎじゃありまちぇん、おしゃれですう」
と反論してみるが、今日の最高気温をテレビが告げた事で、あっさり敗北する。テレビは味方だと思ったのに。
「回避できる病気は回避しろよ。フリース一枚で健康でいられるならラッキーじゃないか」
 呆れたように天才外科医が正論を吐く。
 確かに、元気で過ごせるほうが一番良いに決まっている。
 でも、それなら。
「ちぇちぇい、ピノコはなに着てもにあってるってゆって」
 モチベーションがあがるように、言ってもらおう。
 


◇スーパームーン

 高速道路を走行中。陸橋ににさしかかり、壁のようなそびえていた山のシルエットが後方へ過ぎ去って現れたのは、遠い大きな川に浮かぶ、いつもよりも大きな黄色い満月だった。
 その大きさに、満月というのはこんなにも大きなものだっただろうか、と不安になるほど。
「ちぇんちぇい、ちゅきがおおきいよのさー」
「ああ、今日はスーパームーンらしいからな」
「スーパームーン?」
 ヒーローのようなネーミングに、少女は自分のiphoneに触れて、Wordを検索する。
 なるほど。今日は数カ月に一度、月が大きく見える日らしい。
「ねーちぇんちぇい、カレーまん食べたい」
 昼食抜きであった少女が、思わず口にする。だって、それはそっくりであったのだから。
「…いいぞ」
 思わず承諾したのは、天才外科医も連想したからだろうか。

  

-完-

2022.4.2 不良保育士コウ

書いた当時は寒かったんですよ