ハロウィン2015


   海外にいる時はよくみた行事であったが、いつの間に輸入されたのか。
 ハロウィン。ケルト人の行事であるそれは、この夜は夏の終わりを意味し、冬の始まりでもあり、死者の霊が家族を訪ねてくると言われ、この時期に乗じてあらわれる悪い魔女や精霊から身を守るために仮面をかぶり、聖なる魔除けの火を焚いたのがはじまり、という事はこの際おいといて、輸入されたのは、数々のモチーフと仮装とパーティーあたりの楽しい部分のみであり、そもそも死者が帰る日が別に設けてある日本においては、その辺はどうでもいいようだ。

「楽しければいいのよさ」

 滔々と理屈を述べる天才外科医の言葉を、助手の少女は一蹴する。
 いつもは術衣を着こなす少女の恰好は、今日はオレンジと黒を基調とした可愛いらしい魔女っ娘の衣装を着こなしている。
 数日前から、少女がこつこつと縫い上げたお手製のそれは、なかなか似合っている。
 



 10月末日。
 予定よりも数カ月遅く、天才外科医は帰国した。術前の精密な検査をも裏切る病巣に苦闘はしたが、その天才のもてる知識と技術をもって、苦心惨憺の末に患者の自宅療養へと導いたのだ。
 自宅へ帰りついたのが夕刻であり、ドアを開けようとした時に仮装した少女と鉢合わせたのだ。
「ちぇんちぇい、おかえり!入れ違いにならなくて、よかったよのさ!」
 無邪気に笑う少女は、天才外科医が帰国した事で、町内会のイベントを欠席すると言い出した。
 天才外科医の留守中、少女は実にマメなご近所付き合いをしているのだった。
 1人でいるよりは、勿論、イベントに参加するのは楽しい事であるであろうが、近所の人間に、普段、少女は1人で家にいる事を知られるのもあまり良い事ではないと、天才外科医は考え、その最良である結果「私も一緒に行こう」と伝え、少女を大いに驚かせた。
 そんなわけでの、ハロウィン行事参加である。
 少女に連れられて集合場所へ行けば、近所の主婦や子ども会の世話役の人物に大層驚かれ、他の子どもたちからは「ピノコちゃんの先生は、ドラキュラの仮装だねー」と喜ばれた。(仮装では断じてないのだが)
 数人のグループに分かれての行動となり、天才外科医は少女のグループの後ろをそぞろ歩く。
 同じ背丈の子どもたちも、少女同様に様々な仮装をして歩いていた。
 後ろから見れば、皆、同じような格好の為、なかなか見分けがつかない。
 日本の風景からみれば、まだまだ異質な異国の仮装を見ながら、大人たちはついてゆく。
 オレンジと黒を基調とした、衣装の子どもたちの後姿を。

『あの子は----』

 ふと蘇る、異国の夜の風景と、その声。あれは、患児の母親であった。
 1人目は事故であった。一年前にハロウィンの前日に車で跳ねられての。
 2人目の時に呼ばれた。弟である少年の悪性腫瘍を切除してほしいという依頼であった。

『あの子は、寂しいからきっと---』

 難しい位置にあるそれはまわりと完全に癒着していた。難易度が高く、誰もが躊躇していた。
 手術日はハロウィンであった。安静度の低い患児が、お面を被り、大人に呪文を言う。とりっくおあとりーと。微笑ましい風景を見ながら、母親が言ったのだ。あの子は寂しいから、きっとあの中にいます。と。
 仮面をかぶっているから分からない。だが、死者が帰る日なのだから、あの中にあの子はいます、と。
 
 ここは日本である。死者は帰って来ない。お盆はすでに過ぎた。お彼岸もすぎた。だから、今日は。
 だが。
「ちぇんちぇい?」
 少女が驚いたように、見上げた。
 天才外科医が、少女の手を握ったからだ。
「暗いからな。危ない」
「え?うん。そうらね」
 驚きながらも、少女は聞かない。尋ねない。

『あの中に、あの子はいます。きっと弟を連れに来たのかも-----』


 天才外科医は握った手を、離さない。


 

-完-

2015.11.2 7月の氷(コウ)

※手を握る話を書いたのに、まったく甘くないという悲劇(爆)