師走である。
師も走る程忙しいとされるこの今年最後の月は、師でなくとも忙しい。
特に、街が赤と緑とイルミネーションで煌びやかになる月半ばを過ぎれば、後は年末まっしぐら。
楽しい年末年始の休暇と行事を迎えるために、家の留守を預かる者も、走らねばならないのだ。
それなのに。
「…不覚なのよちゃ…」
サンタクロースは来てくれなかった岬の家だが、体調を崩してしまった天才外科医の助手は、ベッドの中で不満を漏らす。
25日を迎えたあたりから、喉がイガイガしはじめ、咳と鼻水が止まらなくなり、翌日には頭の中身がグルグルまわりはじめたのだ。
クリスマス終了と同時にはじめようと思っていた家事が、全て台無し。
予定を狂わされた原因がウィルス性のものではなく、風邪症候群であることが、せめてもの救いと思うのは、医療従事者であるからだ。
だが。お蔭で、今年の年末年始はいつもと違う事になりそうであった。
何故なら。
「いつも働き過ぎだからな、お嬢ちゃんは」
助手の少女のサイドボードに置かれた真新しいノート型パソコンのセットアップをしながら言うのは、死神の化身と世間では言われる医師。
その様を眺めていると、土鍋を持った天才外科医が入室してきた。
「ピノコに話しかけるな」
「…あのな、先生。俺はわざわざ先生に呼ばれて、コレをセットアップしているんだぜ?」
「なら、私語を慎め」
「ちぇんちぇい、ピノコたのしーよ?」
「お前は、床上安静だ。煮込みうどん作ったぞ」
「わーい!あいがとー」
「先生、レセプトシステム出来たから、ちょっと見て」
ベッドで起き上り、天才外科医が調理した煮込みうどんを、ふうふうと食べながら、少女の口元には笑みが浮かぶ。
うどんも美味しい。目の前の、天才外科医と安楽死医の言い合いも楽しい。
いつもと違う年末。やがて来る年始。予定通りではないが、こんな年末も楽しい。
少女はうどんを、ちゅるりとすする。
「…分かった。あとは、データを入れてくれ」
「…先生。それぐらい業者に頼めば」
「どうせ、暇だろう、死神のくせに」
「…へいへい…」死神の化身は大きくため息を吐き「先生は、お嬢ちゃんの看護でお忙しいでしょうからねえ」
昼飯食ってくる。そう言い残し、死神の化身はドアから出て行った。
「…ちぇんちぇい、ごめんちゃ…」
「気にするな。今のところ依頼もない。カルテ整理でもするさ」
いつもと違う、年末。
今年はいつもと違い、共に新年を迎えることが出来そう。
「お節料理は、料亭のをお取り寄せするよのさ」
「食べられるぐらいに、年明けには回復しろよ」
「あらまんちゅー!」
いつもとは違う、新年。
先生が日本にいる、ということ。
良い年末年始になりますように!
-完-
2015.12.28 7月の氷(コウ)
※急な依頼が来た時の為の死神の化身です。(え)