天才外科医の助手


※白い正義の捏造補完

 フィリピンの裏勢力の一端を担う男が、何故か異国である日本で逮捕されたというニュースを死神の化身が知ったのは、事件から数日経ってからだった。
 
 仕事が連日のように重なり、随分と忙しい日々を送る死神は、傍から見れば充足していると思われるようだった。
 摘み取る命が悲鳴をあげることなく安らかに逝くのを見届けるのは、簡単であり残酷だ。
 動いていたものを停止させ、温かだったものが冷えていく。
 生き物が、ただの血と肉の塊になるのを見届ける。
 終末期ケアとは違い、まだ、苦しみながらも生きようとする体に終わりを施すのは、随分と骨が折れることなのだ。

 仕事を終え、ジンを瓶ごと煽ると、死神の化身はそのまま眠りについた。
 その後である。
 フィリピンの裏勢力の一端を担う男が、何故か異国である日本で逮捕されたというニュースを死神の化身が知ったのは。

 フィリピンの中でも、マニラを中心とする裏社会における抗争の末、二大勢力の一端である男の脳天に弾丸が撃ち込まれたのは、割と有名な話だ。
 そのせいで、打ち込まれた側は資金源の確保に奔走していたという。
 死んだわけではなかったが、かなり危険な状態であるとのことが、最悪の坂を転がされる条件に合致していた。
 それが、どうして日本まで来て、更に逮捕に至ったのか。
 考えうる事として、彼の悪徳無免許医が大金を摘んで摘出術をしたのかと思いきや、逮捕された場所は東西大学附属病院だという。
 まあ、確かに、東西大附属には、時代の寵児とも言われる脳外科の権威の白拍子がいる。
 よくもまあ、こんな悪党を受け入れたな、とも思っていた時だ。
 死神の化身の携帯電話が、着信を告げる。
 相手をみて、僅かに眉根をよせた。
 

□□


 天才外科医のセダンが、盛大なブレーキ音をたてて死神の化身の診療所にあらわれたのは、随分と日が暮れてからだった。
 やっぱり、勘のいいやつ。
 そう呑気に死神が考えていると、盛大な音を立てて玄関ドアが開け放たれ、黒づくめの鬼があらわれた。
 いや、黒づくめの鬼の形相の天才外科医があらわれたのだった。
「貴様!」グイと天才外科医は死神の胸倉を掴み「貴様だな、ピノコのLINEのアカウントを白拍子に漏らしたのは」
「……なんで俺だって、わかったの?」
「ピノコのiPhoneのセキュリティはお前に託してある。お前のセキュリティが他の奴らに突破できるはずがないから、そうなれば内部犯しかいないだろう」
「うん、正解」
 ニヤリと笑ってみせれば、天才外科医の恐ろしい鬼の形相は凄みを増した。
「なんで、あんな奴に個人情報を漏えいした」
「まあまあ、先生。先生がここにいるってことは、お嬢ちゃんは留守番?」死神の化身は立ち上がって「結構な重症なんだろう?俺がお見舞いに行ってあげるから、道々教えてあげる」
「貴様のお見舞いなどいらん!」
「お嬢ちゃんが心配してる」
「………。」
 天才外科医は逡巡していたようだが、無言で玄関へと歩き出す。
 死神の化身の胸倉を掴んだまま。


 □


”いいよ、教えても”
 死神のメッセージに、少女はすぐに快諾した。
 携帯電話をかけてきたのは、白拍子泰彦からだった。
 少女と連絡が取りたいという内容に、さて、どうしたものかと思ったのだ。
 知らん。と言えばそれまでであったが、白拍子がほかの手段で少女への連絡手段を試みられるのも面倒だと思ったのだ。
 苦肉の策として、白拍子と少女と死神のグループLINEを作り、そこでメッセージを送り、個人間で直接メッセージを送ることを禁じるという条件を出した。
 仕方がない、と白拍子も折れる。


”このたびは、君に大けがを負わせてしまい、本当に心から申し訳ないと思っています”
”気にしないでください。ツモさんが無事に手術できたのなら、それでいいです”
”それは本当に君のお蔭です。君が通報をしてくれたからです”
”当たり前の事をしただけです”
”それでも、今回の事は申し訳ない。できれば、君にお礼をしたいのですが、何かほしいものとかはないですか”

 リズムよく返信があったが、少し間が空き、そして

”私は、あなたから物が欲しくてしたわけではありません”

 少女の返信は、白拍子にとって辛辣だ。

”私は、ブラック・ジャック先生が信念をもって仕事が出来るように、助手としてサポートをしているだけです。
今回の事は、忘れます。
だから、白拍子先生も、ブラック・ジャック先生の患者を奪うような真似をしないでください。
先生は、一度引き受けた依頼を命懸けで、命を賭ける程に全力で向いあうのです”

 白拍子からの沈黙が続く。
 もう、LINEから離れたのかと思った矢先、返信があった。

”わかりました。今回の事は、私も一先ず忘れる事にします”

 白拍子の返信はシンプルだった。
 そう返すしかないだろう。
 ただの”女の子”だと思っていたのは、最初のメッセージで明白だ。
 だが、そう、この少女こそが助手であり、理解者であるのだ。
 それが理解できれば、おいそれと発言も出来ない。


「大したもんだよ、お嬢ちゃんは」
 天才外科医の駆るセダンの助手席で、死神の化身が思わず呟けば、
「あぁ!?」
 チンピラのようなドスの利いた声で、運転手である天才外科医が睨み付けてくる。
「……先生、一先ず、そこのコンビニ寄って?俺、手ぶらでお見舞いに行きたくないから」

 大した奥さんだよ、お嬢ちゃんは。

2019.11.17
 

-完-

2020.3.20 不良保育士コウ

2019年に掲載し忘れ篇そのに