お友達との約束を


 




 夢の国と称される、東京ディズニーランド。
 平日であるにも関わらず、結構な来場者で賑わうここは、さすがは世界屈指のテーマ・アミューズメントパークであると言ったところか。
 特に7月は、ここ日本ならではのイベントである、七夕がメインイベントとなっているため、その限定グッズや限定パレード目当てのリピーターが数多く訪れていた。
 そのたくさんの人の中に彼らはいたが、周りがあまり気にせずにいたのは、少女二人が。キャッ!キャ!と愛らしく笑いあっていたからだろう。

「次!次はカリブの海賊いこうよ!」
「まって!だったら、隣のカフェにいくよのさ!あちょこのパンケーキをちゅまみながら並ぶのが、ツウなのよさ!」

 濃い目に淹れた紅茶のような髪の色の少女は、小さな指でスマートフォンを操りながら、車椅子に座る少女に画像をみせる。
 テーマパークのメインキャラたちの顔をしたパンケーキは、画像をみても、とても美味しそう。

「ちぇんちぇい!買ってきて!」
「ママー!お願いー!」

 二人の少女の言葉。ママと呼ばれた女性は困ったような顔をしてみせたが、隣にいた黒づくめの男性が、音もなく立ち去る。
 ほどなくして、彼は少女たちの注文通りの小さなパンケーキがたくさん詰まったプラスチックのカップを購入して来た。

「きゃー!あいがとうー!ちぇんちぇい!」

 黄色い声をあげてパンケーキにかぶりつく少女二人を眺めると、女性が「あの」と遠慮がちに声をかける。手には財布を握りしめて。
 それを察し、男性は手で制する。
「奥さん、これも治療代金の800万に含まれている。気にしなくてもいい」
「…そうですか…」
 ホッとしたように、それでも戸惑いながら、女性は答えた。
「みっちゃんママ!」唐突に、赤毛の少女が女性に笑いかけた。「ママも楽しい顔をちてほしいよのさ!こえも治療のヒトチュなんやから、お金は今はきにちないで!追加料金なんてとらないよのさ!」
「ママーこれ、おいしいよ!一つあげる!」
 車椅子の少女が差し出してきたパンケーキを、女性は口にして「おいしいね」と笑った。
 それをみて、少女は、安堵したように小さく息を吐く。

 難治性疾患の患児が、ディズニーランドへ行ってみたいと言うのを聞き、天才外科医の助手の少女が、じゃあ、手術前に行こう!と言い出したのが、そもそものはじまりであった。
 患児は母子家庭であったため金銭的にも苦しい立場であるにも関わらず、何年かかっても必ず払うと言った母親の言葉に天才外科医はこの手術依頼を受けたのだ。
 体力的に難しいと天才外科医は言ったが、少女は「だったら、ちぇんちぇいとピノコもチュキショイで行けばいいでちょ?」と言い、更に費用は手術代金からだすべきだと少女が言い出し、天才外科医と軽く喧嘩となる。
 だが、少女の「術後の一番つらい時に、楽しい思い出が一つでもあった方が、生きる指針になるに決まってる!」と訴え、その言葉に天才外科医も、それもそうだな、と納得したからであった。
 手術後は体力的にも、精神的にも辛い。その辛さを乗り越えられるかが鍵でもある。
「治ったら連れて行ってあげる」よりも「治ったら、また一緒に行こうね」の方が、心の力になるのだ、と少女は言うのだ。

 助手の少女は、患児の女の子の車椅子を押しながら、ワールドバザールへと突撃する。
 ごったかえすお土産やさんの中をものともせず、二人でヌイグルミやらカップやらを次々と手にしている。
 そのなかで、ワールドバザールの丁度中央となる場所に、大きな笹が飾られていた。
 これが、この7月のメインイベントだ。

「ほら!みっきーちゃんの形の短冊!」
「かわいい!」

 二人は、何か所かにおかれているそれらの中から、それぞれ気に入った色のカードを手にして、願い事を書きはじめる。
 いわゆる、短冊ではなく、そのカードはテーマパークのキャラクターを模した丸が三つで構成されたカードで”ウィッシングカード”と呼ばれている。
 一生懸命に書く少女二人。
 天才外科医はそれを、静かに眺めていた。
 患児は、助手の少女と会った時、自分と同じ年齢であると思ったのだろう。
 大層喜び、とても懐いてた。
 だが、少女の実年齢は成人に近く、子ども扱いされることを好まない。だが今回は、少女と一緒にはしゃいでいる。
 これも恐らく、少女の言う所の「生きる指針」の一つなのだろう。
 お友達と一緒に遊ぶ。その当たり前の事をしてこれなかった患児へ少女からの精いっぱいのエールなのだろう。

「ママーこれ、飾って!」
「ちぇんちぇい、こえ、よろちくー!」

 書き終わったら用はないとばかりに、二人は今度はお菓子だー!とペイストリーパレスへと突撃する。
 残されたカードに書かれた幼い文字。

”ディズニークリスマスへ来れますように!”
”ピノコちゃんとママと先生と、ディズニークリスマスに来れますように!”

「…私に対する挑戦状だな」
 天才外科医は笑ってみせる。
 患児がこれだけ生きる気力を身に着けたのだ。ならば、後は天才外科医の領分だ。
 
 星ではなく、天才外科医が、叶えるのだ。
      

-完-

2016.7.6  不良保育士コウ

※とか言いつつ、やっぱりピノコちゃんにあまい天才外科医