永遠に、共に

  スーツ姿のまま、ソファーでだらしなく眠る同居人を、探偵は苦々しい表情で見下ろしている。
 本日は、この苦々しい表情をしている探偵の誕生日。
 数時間前まで、この同居人はもちろんの事、大家の豪勢な料理や、仕事を終えたと言うヤードの面々等、大層賑やかに、人の誕生日に格好をつけて飲み食いで盛り上がっていたのだ。
「そんなひねくれた事を言うなよ。皆、君の誕生日を祝いに来たんだ」
 能天気な同居人は、もう何杯目かわからないワインをグラスで仰ぎながら笑っていた。陽気に笑う同居人の声を聞くと、なんだか、どうでもいいことかと思えるのだが、ふらふらとヤードの面々からコニャックをついでもらったりするのはいただけない。
「君は危なっかしいな。僕の隣で落ち着いて飲み給え」
 呆れたように同居人の腕を引っ張り、ソファーに座らせれば、ヤードの面々も金魚の糞のようにやってくるので、探偵は同居人の隣に腰を据えた。これ以上、同居人をアルコール漬けにされてはたまらない。
 しかし、他の連中はそんな探偵をみて「あら、まあ」「ホームズさんはすぐにワトスン先生を独り占めする!」と大騒ぎだ。独り占めをするとは心外だ。君らがワトスン君に飲ませすぎなんだと理性的に注意をするが、連中こそアルコール漬けになっている脳みそだ、反論するだけ無駄であった。
 犯罪者は警官の事情など知る由もないので、今日が宴会であったから明日は犯罪をやめてやろう、と思うはずがない。だから、警視庁はいつでも万全の態勢で市民を犯罪より守らなくてはならにくせに、どうなのだ。  警官は僕たちだけではないですからあ、と連中は千鳥足で帰っていく。
 そして残されたのは、このソファーで酔いつぶれている、同居人であったのだ。
 探偵は、同居人の肩を揺すった。
「ワトスン、起きたまえ。いつまでソファーを占領しているつもりだ」
「………んん…ホームズ?」
「ほら、ヤードの連中は帰ったよ」
「ああ、そうか……すっかり眠ってしまったなあ」
 大きく伸びをすれば、同居人はにっこりと笑って
「おはよう、ホームズ」
「まだ夜中だよ、ワトスン。寝るなら自分のベッドで眠ってりたまえ」
「ああ、そうか…君の誕生日が過ぎてしまった」
 懐中時計を確かめながら、同居人は立ち上がる。
 だが、まだアルコールが残っているのかすこしよろけたところを、探偵が慣れたように手をだして支えてやる。
「ありがとう、ホームズ」
「まったく」
 お礼を言われた探偵は視線を反らしながら答える。
 ほんの少し、探偵の耳が赤く色づいた事に、同居人は気づいている。
「君と出会えた奇跡、君が私と同じ19世紀の我が国に生まれ出でた奇跡を、私は本当に幸運に思うよ」
「そんな事で幸運を思うなんて、君は単純だね」
「本心さ」
「ふん。ほら、自室に行くのだろう」
 探偵は強引に同居人を自室へと引っ張っていった。
 引っ張られながら、同居人は、だんだん首まで血色よく染まる探偵をみて、穏やかに笑む。
「そういえば、君がそこまで酔うのは、珍しい。そんなに飲んだのかい」
 探偵が思い出したように言った。
 酒が好きな同居人だが、そう言えばであった頃は、どれだけ飲んでも酔いつぶれることはなかったように記憶している。
 それを探偵が口にすると、同居人は「ああ」と、自室のドアをくぐり、自分のベッドに座りながら、答える。
「あの頃は、何を飲んでも、食べても血の味しかしなかったからな。眠っても耳の奥で鳴り響く銃声音と同胞の呻き声にたたき起こされる。酒を飲めば、目の前に呻き声の主が現れて、私を苛んだよ。助けてくれ、ドクター。どうして俺を見捨てたんだ、と」
 同居人は手元を見ながら話していたが、不意に顔をあげた。そして、傍らに立つ探偵をみあげる。
 その表情は、驚くほど、晴れやかなものだった。
「君がいてくれたから」同居人は言った。「ホームズ、君が私の悪夢から連れ出してくれたから、私は安心して泥酔出来るんだ。だって」

君は、私の傍にいてくれるのだろう? 
 
     探偵の白くほっそりとした手が口元を覆う。
 いよいよ顔を紅潮したのを隠すのが難しくなっていた。
 探偵は息をごくりとのみ、平静を保って口を開く。
「君は、そうやって女性を口説くのかい」
「何を言う。君への専売特許だよ」
 同居人は真っ赤に染まる探偵の手をとり、そして強引にそれを引いた。


2023.1.6