単独捜査

 僕の冒険譚は、親友でありボズウェルである同居人の医師が記録している。
 だが、それは、全てではない。
 なかには、親友たる医師に伝えるのが憚られる捜査もあり、そうなるであろうと予測される事件には、彼を同行することはない。
 それらは、彼の倫理観、或いは正義感に反するものであるからだ。
 だから。
 そのような時は、僕は一人で捜査する。
 彼と出会う前に戻るだけである。
 状況を把握し、精査し、自身の内に籠り、推理する。
 ただ、当たり前であった活動であるのに。
 以前はそうしていたのに。
 ただ、僕の隣が空白であることは、なんと、寒々しいことか。
 それでも、僕は真実を正確に暴く。
 彼に教えることのできない真相を、警察諸君につきつけるのだ。


 思いのほか捜査が長引いたのは、例によって警察諸君の注意力と想像力の欠如からなる時間の損失のせいであった。
 その損失の代償が、代々伝わる伯爵家宝のすり替えと、伯爵ご長男の軽傷である。
 勿論、その損失を埋め合わせたのは僕であるが、利子とばかりに滞在を強要され、同居人には決して伝えることのできない、接待を受けた。
 この大英帝国では犯罪とされる類の接待である。
 それは口止め料であり、仲間に引き込もうとする悪だくみである。
 その幼稚であり醜悪な接待を受けさせられ、僕は、もちろん、その接待を摘発される手筈を整えて帰路についた。
 今頃、伯爵家は、その貴族たる権力をもってしても逃れることのできない正義の鉄槌が、下されている。

  
 下宿にたどり着いた時、予想通りにあたたかく迎え入れてくれた大家夫人と、親友である医師に、僕は心底安堵した。
 それでも、僕は紳士毅然としふるまう。
 夫人の食事をいただき、二階へとあがる。懐かしい我が家だ。
 ドアをぱたりとしめる。途端に親友の表情が険しくなった。
「体をみせてみろ」
「いや、今日は疲れたから、先に休むとするよ」
 タイを緩めながら僕は伝えるが、その手を親友が掴んできた。
 暖かな彼の手が、怒りに満ちて、僕をはなさない。
「体をみせてみろ」もう一度、彼は言った。「私は医師だ。君はそんなに私の事を薮だと思っているのか」
「いや、君は名医だよ」
 軽く返そうと言葉にしたのは失敗であった。
 彼は強い力で僕の腕を引くと、そのままソファーへ押し倒し、僕の上に馬乗りになる。
 その角度に、心臓がぎしりと悲鳴をあげた。
「乱暴だな、なんて医者だ」
「不良な患者には、こうするんだよ」
 彼は僕のシャツのボタンを丁寧にはずす。なんて優しい手つきなのだと、僕は、ややずれたことを考えていた。
 露わになったのは、あの醜悪な接待の痕跡。
 彼の眉間に力が入る。
「誰なんだ」
「もう、この世にはいない」
「何故」
「今頃、騎士団に壊滅されている」
「つまり、相手は貴族か」
 悔しそうなつぶやきに隠れる言葉。私がこの手で首り殺したかった。と。
「もう、すべてが終わったのだよ。残念ながら」
「今度は、私も必ず連れていくんだ。君は、無防備すぎる」
「考えておくよ」
「ホームズ!」
「治療してくれないか、ドクター」
 
  
 僕の冒険譚は、親友でありボズウェルである同居人の医師が記録している。
 だが、それは、全てではない。
 なかには、親友たる医師に伝えるのが憚られる捜査もあり、そうなるであろうと予測される事件には、彼を同行することはない。
 それらは、彼の倫理観、或いは正義感に反するものであるからだ。
 それらに遭遇した時、彼は躊躇なく、敵を殺してしまう。
 医師でありながら戦士である彼は、寸分の迷いもなく、その手で、敵を。
 だから。
 彼を医師で留まらせるために、彼を失わないように、僕は、その時は、一人で捜査する。
  
2018.5.23