『あ、お嬢ちゃん?唐突で悪いんだけど、お嬢ちゃんがいて、先生がいない時間帯を教えてくれるかな』
朝早くに鳴った電話は、死神の化身ことドクターキリコからだった。
「ちぇんちぇいは、午後1時にはお出かけすゆけど…」
『あ…その時間は、俺もダメなんだ。』
「…おちごと?」
つい、聞いてしまう。だが死神の化身は『まあ、そうだけど、違う』と答える。『成田にいくの。午後3時のトルコ航空』
「えッ…」少女は息を潜めて「…もちかちて、グルジアのバトゥーミ?」
『………お嬢ちゃん…もしかして…』
「同じ便?」
『…そうみたいね』電話の向こうで、苦笑する死神の声が低く響いた。『そうか…じゃあ、今から郵送するよ、10日に着くように指定しておくから』
「え?」
『誕生日だろ?10日』死神は言った。『…悪かったな、当日に俺がお嬢ちゃんの先生と二人っきりで』
「怪我、させないでね、ろくたー」
『努力するよ』
じゃあ、と電話は切れた。
死神の化身ことドクターキリコ。安楽死を専門とする闇医者である彼は、何故か少女にはとても優しい。
それが怪しい…と先生はいつも苦虫を噛み潰したような顔をするが、でも、この孤高の天才外科医と死神の化身は、
命題にしているものが正反対でありながらも、背中合わせのように、根本の部分を互いに預けあっている印象がある。
それは生命を堵とする場面に遭遇したことのある人間だけが知る、暗黙のルールなのか、
同じ立ち位置でありながら、尚、背けあうというのは、大切なもの預けあうからか。
だけど、それでも、天才外科医と死神の化身は、混ざり合うことはない。
深く理解しあっているように見えても、どこか一線がどうしても交じり合うことがない、平行線なのだ。
それが互いに踏み込むことを許さない、テリトリーなのか。
そして少女は、二人の傍観者だった。
少女は人知れず殺される運命だった。その殺意の塊を容赦なくぶつけられてきた経験を持つ少女もまた、
戦場という殺戮の場を知る死神と、何処か、通ずるものがあった。
それを天才外科医が知れば、大層、激怒するであろうが。
「ちぇんちぇいも…ロクターの3分の1ほど、ぴのこにきをちゅけてくええば、いいのに」
”あいつは白人だからな。そう言う事が嫌味なぐらいに長けているんだ”
いつかの先生の言葉を、少女は思い出した。
じんちゅ(人種)は関係ないでちょッ!と、反論したものだが。
「ま、ちぇんちぇいらちいよのさ」
エプロンをして、少女はフライパンを火にかけた。
そして油をしいて、卵を二つ割りいれる。
遊園地は、また次に行こう。
先生は、そう言ってくれたもの。その時に楽しめばいい。
時計を見ると、いつものドラマの放送時間が迫っている。
だから、だから、余計なことをいわないように。
先生を困らせることがないように。
少女は急いで朝食の支度をしながら、自分を納得させる、努力をする。
前日、物言わぬ貝になりたい