『大学時代』 別にいらないと言った。 だが、執拗に言うもんだから、とりあえず受け取ったのが、映画の座席指定前売り券。 「誕生日ぐらい、映画でも観て、息抜きしてこいよ」 友人からのプレゼント…と言えるのだろうか? 平日に、男一人が、映画館。 「ちゃんと見てこいよ」と、辰巳は念を押す。「明日、感想を聞くからな!ちゃんと観にいくんだぞ!」 「…わかったよ」 そんなわけで、平日の夜に一人で映画館にいるのは、間であった。 座席まで指定してあるとは、なんという念の入れようだ。 まばらな指定席の、自分が座るべき席に近づいたとき、間は思わず歩みを止めた。 隣に、人が座っている。 それ自体、特になんの問題もないのだが、だが。 「あ、間先輩?」 気配に気づいたのか、こちらを向いた。 ショートボブの柔らかな髪、意思の強そうな、大きな瞳。 「…如月…?」 心拍数が跳ね上がる。何故、どうして後輩の如月が、こんな場所に。 「間先輩も、貰ったんですか?チケット」 優しく微笑む彼女は、半券をひらひらと振ってみせた。 「辰巳先輩にもらったんです。たまには、映画でも観て息抜きして来い!て」 「…そうかい…」 辰巳のやつ! 内心、やられた、と間は思った。 とんだ誕生日のプレゼントだ。 明日、辰巳をみたら、先ず殴ろう。 彼女の隣に座りながら、間はそんなことを考えながら、平常を装うと努力する。 そんな彼の内心を知らず、如月は自分の食べかけのポップコーンを差し出した。 「先輩、ポップコーン、食べます?」 『今年』 「ちぇんちぇい、はっぴーばーすれー!!」 ぽん!と勢いよく放たれたクラッカーの中身は、その先にいた天才外科医の頭上に降り注ぐ。 紙テープやら紙ふぶきを浴びながら、彼は「そうか、もう9月だもんな」 「もう、わしゅれたら、だめらよ!」 ぷくーと頬を膨らませながら、少女は「ばーすれーの日に、ちぇんちぇいがおウチにいるなれ、滅多にないんやから!」 「…まあ、季節の変わり目は、どうしても患者が増えるからな」 「しょんなわけで、ぷれじぇんと!!」 じゃん!と口で効果音を言いながら、少女がとりだしたのは、2枚のチケット。 「ピノコとのんびり映画をみてー、ホテルでディナーをとるよのさ!」 「…ディナーって…」BJは不信な眼つきで「ドコからそんな金が…」 「ディナーの方は、辰巳ちぇんちぇーからのぷれじぇんとらよ。今日は夜勤外来当番やから、二人でたのしんでおいでって」 「…そうか…」 まったく、映画にディナーとは。 自分へのプレゼントというよりも、ピノコへのプレゼントじゃないか、と天才外科医は密かにタメイキをついた。 「じゃあ、ちぇんちぇい、出かける準備ちまちょう?」 にこやかに笑う少女に手をひかれ、BJは「わかったよ」と答える。 ころころと、鈴が鳴るように笑う少女。 その笑顔に、いつのまにか、BJの口元からも笑みが零れていた。 まいった。 友人からの心遣いに、天才外科医は呟いた。 少女の笑顔。 それは、何よりも彼が望む、プレゼント------。