どうしたらいいかわからないほど大好き



それを一口飲んだ天才外科医は、盛大に、力いっぱい、噴出した。
「ゲホっ…おい、ピノコ…」
むせつつも、息も絶え絶えに「みそ汁にソースとカラシを入れるな…と…ゲホッ…言っただろ」
「…ごめんちゃ…」
 小さな声で、俯く少女。
 その悲しげな表情は、怒られたからではない。
 怒られたからではないことを、彼も知っている。
天才外科医は、グッと覚悟を決めると、そのみそ汁を一気に飲み干した。
なんともいえぬ、独創的な味と風味が咽喉越しを通過する。
悲鳴をあげそうになったが、グッと堪える。この天才外科医は我慢強さも人並み以上だった。
「…まあ、なんだ…」
少しかすれた声で、彼は言う。「みそ汁は、出汁と味噌と具だけで充分なんだぞ」
「…うん、でもお…」
もじもじと少女は、白いエプロンに裾をキュと掴む。
「…なんか…味気ないよのさ…」
「そんなコトないさ」彼は言った。「あれこれ手を加えずに、シンプルなのが一番なんだ」
「…でもお…」
尚もモジモジする少女の頭を、彼は苦笑しながらそっと撫でる。




ずっと見ていたいほど大好き


その台詞は、いつもテレビから流れている。
『本当に、愛してるの?』
『大丈夫。例え君が野薔薇の一つになろうとも、僕は君を探し出すよ』
「ううう、ちゅてき…」
ハンカチを噛み締めながら呟く少女に、天才外科医は、呆れたようにため息一つ。
テレビ好きの少女は、決まってこの時間にソファーに座って画面を凝視している。
その後ろの少し離れた場所で、天才外科医はノートパソコンを広げ、カルテの整理。
それは、いつもの風景。
ふと、彼は外部記憶端末を取りに、書斎に戻る。
そしてまたリビングに戻ってきた。
風景は変わらず、少女がテレビを凝視している。
もってきた端末をパソコンに繋ぎ、ソファーへ座りなおすと、途端に少女が声をあげた。
「あ---!先生、場所がちがうよのさ!」
「は?」
「そこじゃ、ダメ!」
少女は彼の手を引っ張り、いつもの場所へと座らせる。
「おい」
「先生の場所は、ここ!決まってるでしょ!」
剣幕に押され、天才外科医は「そうか」と答えた。
別段、ドコに座ろうが、少女のテレビ鑑賞を邪魔するとも思えないが。
だが実は大有りなのだった。
少女の座る位置から、実は彼の姿がテレビに反射して映るのだ。
これは、先生には内緒の話。



死ぬほど大好き

※原作30話『ピノコ生きてる』より


 眠る少女の呼吸数を、無意識に数えてしまう。
 規則正しいその息遣いは、安らかに眠っている証拠だ。
 あと何分、あと何分と思っているうちに、時計の長針は2周りしていることに気づき、苦笑する。
もう、大丈夫だ。もう、状況は安定した。
そうBJは医師のしての判断を何度もしていた。
もう、大丈夫だ。
言い聞かせるように、部屋を後にする。
手術室の後片付けをするためだ。
いつもなら、少女がしてくれていることだが、今日はそうもいかない。
以前なら、準備から後片付けまで、自分ひとりでしていたのだが。
 
消毒溶液に浸かる、成人女性の身体のパーツ。

これを使わずに済んでよかったと、心の奥底から安堵する。