海岸沿いの歩道を、中学生がちらほらと歩き始めた。
「学校、終わったのかな?」
それを砂浜から見上げながら、少女は嬉しそうな声を上げる。
「…ピノコ…」
「なあに?」
天才外科医の呼ぶ声に、少女は振り向いた。
彼は、無表情だったっが、微かに困ったような顔をしている。
少女にしか分からぬほどに、少しだけ。
「どうちたの?ちぇんちぇい」
「そろそろ、終わりにしないか」
ゆっくりと、言葉を選ぶように、天才外科医は言った。「ロミも、もう受験生だ。だから…」
「ロミちゃんが、そう言ったらね」
えへ!少女はおどけた様に、無邪気に笑ってみせる。
そして、小さな手のひら一杯に拾った、この砂浜の貝殻を差し出した。
「それに、こえ、やくちょくの品でちょ?」
ぱらぱらぱら。
天才外科医の手のひらに、貝殻の雨を降らす。
小さな可愛い貝殻は、その手の上に降り注いだ。
「大事な患者ちゃんでちょ?」
少女の言葉に、天才外科医は、珍しく言葉に詰まる。
微笑みながら、少女は水平線の方へと向いた。
もう少しで、その明るい陽がその水面へと没してゆくだろう。
その美しい光を見つめながら、少女は穏やかに口を開く。
「ロミちゃんが、ピノコの変わりに美人に成長ちてくれゆのをみえて、ピノコは嬉しいよのさ」
 感覚が、凍る。
 それは、その言葉は、今まで言えなかった、科白。
「ちぇんちぇい、ロミちゃんって美人よね?」
「ああ、そうだな」
 それでも無邪気に笑ってみせる君に、なんて言葉をかければいい。
 君はずるい、と思う。
 いつも18歳の身体にしてと、無茶を言うくせに、こんな時は決してそんな事は言わない。
 成長する命を、美しく、賞賛する。
 君は、ずるい。
「ピノコちゃん!おじさん!」
歩道から、制服姿の中学生が大きく手を振りながら、駆け下りてくる。
「ロミちゃん!」
嬉しそうに、少女は手を振り返した。
かつては、双子ようにそっくりだった二人は、一人は成長して中学生に。
そしてもう一人は、少女のまま。
それでも少女はいいのだと言う。
彼女が美しくなっていく過程を見られるのが、嬉しいのだという。
「ロミちゃん、そえ、可愛い!!」
「あ、これ?」
ロミは可愛らしいチェックのカチューシャを指差しながら、
「街の新しいショップで買ったの。後で一緒に行こうよ」
「うん!いくいく!」
ぴょんぴょん飛び跳ねて、少女はロミの手を握った。
ロミも嬉しそうに手を繋ぎ、歩いていく。
それは、まるで仲のいい姉妹のよう。

少女が得られるはずだった、幸福な光景のよう。

君をずるい思うのは
僕が臆病だからなのか