「…どうする?お嬢ちゃん」
本日21回目の死神の科白。それを受けて少女は、
「…どうちまちょう…」
本日20回目の返答を返す。
死神の化身と少女。
二人が固唾を飲んで見守っているのは、あのインテリアの類にはとんと疎い天才外科医の家で、唯一のインテリアともいえる、古めかしい電話の横。
今時ダイヤル式で、古めかしいことこのうえないのだが、なんと留守番機能付なのだから、驚かされる。
いや、今は電話の機能はどうでもいい。
二人が見守っているもの…それは電話横に置かれた、表紙が黒い布張りの書籍。
けっこう立派なそれは、金字で『Diary』と記されている。
Diary…つまり、これは日記帳…だろうか。
「…ちぇんちぇいの日記帳…」ごくりと少女は唾のみこんで「ロクター…みたい?」
「そういうお嬢ちゃんだって」と、死神。「本当は見たいんじゃないの?」
「ぴ、ピノコはぷらばちーのちんがいはちまちぇん!」
「お嬢ちゃんへの愛の言葉が書いてあったりして」
ぴた。少女は動きを止めて「…本当に?」
「『ピノコ、愛してる』とか」
「まちゃかあ!」
「『君は最高の妻だ』とか」
「いやあん!ロクターったら!!」
真っ赤になって表情を緩ませる少女をみて、面白い顔をするなあ。と死神は失礼な事を考えていた。
実際に、書いているかもな、と思いつつ、自分のことはなんて書いてあるのか、非常に気になるところだ。(笑)
「じゃあ、お嬢ちゃん、開いたら」
「え!ロクターが開けてよのさ」
「俺が見たら、命が危ない」
「ピノコらって…じゃあ、二人で開けるのは?」
「…共犯か。そうするか」
「じゃあ、ちぇんちぇいに追い出されたら、ロクターの家に泊めてね!」
「…お嬢ちゃんは、俺を命の危険に晒すのがそんなに好きか」
 なんだ、かんだと言いながら、二人は表紙に手をかける。
「いくよのさ」
「イエッサー」
「「せーの」」
「何してる」
突然の天才外科医の出現に、少女と死神は同時に「「ぎゃあああ!」」と断末魔のような悲鳴をあげた。
「な、なんなんだ、お前ら」
二人のおぞましい悲鳴に、天才外科医は若干ひき気味だ。
そして、二人が抱える布張りの表紙をみて「ああ、それ」と指差した。
「あ!こえは!」
「まだ、見てないぞ、まだ」
「はあ?」
慌てる二人に呆れた口調で、天才外科医は言った。「それ、使ってないから電話のメモ帳にでも使ってくれ」
「「は?」」
 二人は慌ててページを捲るが、中は真っ白、綺麗な白紙が最初から最後まで。
「なあんらあ」
脱力する少女は、すこしがっかりしたように、それを電話脇に戻す。
「ちぇんちぇい、日記、つけないの?」
「そんなの面倒だ」と、天才外科医。「診療記録がそんなもんだろ」
…それは仕事だろうが。
と二人は思わないでもなかったが、あえて口にしなかった。



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ところで、実は死神の化身は日記をつけている。(ブログではなく)
それを知っている天才外科医は、死神の家にいくたびに家捜しをするという、嫌がらせを敢行する。
一番初め。悪気が無く見つけた日記には、几帳面な字で様様な事が書かれていた。
それも、漢字仮名混じりの日本語で。
領収書や家計簿関係も日本語で書くのを知っていた天才外科医は、つい
「お前、日記も日本語で書くのか」
と失言してしまい、日記を盗み見したことが発覚。
それ以来、静かな攻防が繰り広げられている。
隠したものは、どうせ発見されるのだから、中身をどうにかするしかあるまい。
だが、英語、ドイツ語は当然として、他国十ヶ国語に堪能な天才外科医に見破られないようにするには、どうすればいいのか。
日記を書かなければいい。という選択肢もあるが、子どもの頃からの習慣は恐ろしいもので、日記を書かないと、なかなか寝付けないのだ。
さて、どうするか。

本日家捜しの果て、トイレの天井から死神の日記を探し当てた天才外科医は、得意げにノートを開く。
前回は、点と棒で書かれていた。つまり、モールス信号。
だが、それぐらい解読は容易い。
さて、今日の無駄な抵抗はなにかと思えば……。
「これは…」
天才外科医は絶句した。
ノートの中は、点の嵐。点のみで構成されていた。
「これは…点字か!」
丁度トランプの6の記号配置と同じ6つの点で構成される6点式点字が一般的だ。
「猪口才な(笑)手の込んだまねをしやがって!」
 今回は、死神の勝ちのようだ。






日記を巡る2話