『薬指の……』


「あう…またなのよさ…」
 キッチンの食卓テーブルに座りながら、少女は何やら忙しい。
 書斎にこもっていた天才外科医が、コーヒーを飲みにやってきたのに、気づかぬほど。
「なに、しているんだ?」
「あ、ちぇんちぇい」
 少女は手を止めて「コーヒーいえるね」とにっこりと笑う。
 少女が座っていた椅子の隣に、天才外科医は腰掛け、広げられたそれを見た。
 テーブルの上に広げられていたのは、テグスと、小さな色取り取りのビーズだった。
 折り目のつけられている本の頁から察するところ、どうやらビーズアクセサリーを作っているらしい。
 まったく。
 よくもまあ、こんな面倒なものを作ろうと思うものだ。
 作りかけの作品の傍に、ビーズが散らばっている。
 どうやら、何度か失敗してばら撒いてしまったのだろう。
 ご苦労なことだ。
 天才外科医は、作りかけの作品を手に取り、本を覗き込む。

「あい、おまたちぇちました」
 二つのマグカップを手に、少女はテーブルへともどってくる。
 一つは天才外科医の前に、一つはその向かい側に。
「こっちも出来たぞ」
「え?なに?」
「ほら」
「わあ!」
 茶色の瞳をキラキラと輝かせて、少女は歓声をあげた。
 彼の掌の上には、少女が作ろうと試みて失敗を繰り返していた、ビーズの指輪。
「しゅごい!ちぇんちぇい!こえ、作ったの?」
「簡単だ、これぐらい」
 少女の左手をとり、天才外科医は出来た手ほやほやのそれを、少女の薬指にはめた。
「ぴったりだな」
「あ、あいがと…」
少女は真っ赤になって、御礼を述べる。そして、その指輪を嬉しそうに眺めていた。
「気に入ったか?」
「うん!」
 元気に少女は答えた。
 先生はきっと気づいていないのだろうけど、でも、先生がくれた、薬指の指輪。
「ピノコ、大事にすゆね!」
 先生がはめてくれた、指輪。
「ああ」
 マグカップのコーヒーを飲みながら、天才外科医は答えた。