1.束縛して、自分だけを見つめて




 例えば、小鳥の雛が生まれて初めて目にした者を親だと思い込み、その後を追いかけるように。
 例えば、見知らぬ異国で、頼るべき存在が、ただ一人しかいない時のように。
 君は、脇目もふらずに、その瞳で真っ直ぐにみつめてくれる、
 その尊敬と、敬愛の眼差しは、曇りなく。
 ああ、そうだった。
 半分以上が人工物の君だけど、その瞳は数少ない、君そのもの。
 大地の色に揺れる、深い、深い、その色が、自分だけをうつせばいいと、不意に思う時がある。

「玉木ちゃん!かっこいいーー!!もう、しびれるよのさあ!!」
「…玉木○が好きなのは分かったから…永○園のお茶づけは勘弁してくれ」
「えーー!もうちょっとで応募枚数たまゆのに…」

 お目当ての俳優の声が録音されているという、体重計。
 そんなもの、いらないだろう!
 










2.全て壊してしまえば、そうすれば



キッチンで少女は仁王立ちしていた。
 どうしよう。
 全て壊してしまえば、そうすれば、なかったことになる。
 でも、でも。
 時刻は夕時。もうすぐ帰ると、先ほど先生から電話があった。
 どうしよう。
 鍋いっぱいに作ってしまった、肉じゃが。
 味付けの為に入れた、大匙5杯の砂糖は、実は食塩であったことが、先ほどの味見で判明。
 いや、原因はそれだけではないだろう。
 原因は不明だが、なんだか素晴らしいぐらいに、不味いものができてしまった。
「どうちよお…」
 菜箸を握りしめながら、途方に暮れる。
 その時、玄関のドアが開く音がした。
「ただいま」
 天才外科医の声。
 帰ってきてしまった。どうしよう。
 全て壊してしまえば、そうすれば…。










3.キミが光なら私は闇だね


「…は?…」
少女の言葉に、天才外科医は読みふけっていた医学雑誌から思わず顔をあげた。「…なんだって?」
「だから!」少女は再度、笑いながら「ちぇんちぇいとピノコって、ちぇんちぇいが光で、ピノコが闇みたいなものでしょ?」
「どうしてだ」
ぱたん。雑誌を閉じて、彼は少女の瞳を覗き込む。
悪徳無免許医、守銭奴、冷血漢、悪魔的な所業。
医学界の裏側に精通し、まるで寄生虫のように潜む犯罪医。
それが世間から言われる、BJという医師の評価だ。
闇に巣食う黒い医者。
それこそが自分を形容するのに相応しいと思うのだが。
「だって」少女は言った。キラキラな笑顔で「ちぇんちぇいは、光みたいにまっちゅぐに突き進んでいくでちょ?
誰にも真似できない速さで、力強く、まっちゅぐに!」
己の信念を曲げない強さで。
貴方は暗闇だろうと、漆黒だろうと、迷いなく真っすぐに突き進んでいいくでしょう?
「…光をそう解釈する奴も珍しいと思うが…」
「でも、ちぇんちぇいにぴったしだよ!」
 はっきりと、少女は告げた。「で、ピノコは闇なの。ちぇんちぇいに会えなかったら、闇だったの」
「そうか」
答えて、天才外科医は少女の柔らかな栗色の髪の毛を、くしゃくしゃに撫でた。
 闇だったの。
 そう言い切る少女。
 それだけの思いが、あの小さな体に詰まっている。
 自分が、君にとっての光であったか。
 君は、そう言ってくれるのか。











4.優しさなんて要らない、ただ一人が怖いだけ

室内灯の消えた家。
 窓から差し込む月明かりが、青白く床を照らしている。
 テーブルの上の置手紙。
 拙い文字で、お泊りをしてくるという旨が記載されてあった。
 
『ごめんなさいせんせい』

 最後に記された謝罪の言葉。 
 それをポケットに無造作に入れて、リビングのソファーにどさりと倒れこんだ。
 そのクッションは、柔らかく、冷たい。



5.キミと共に在るために


「…て!……ちぇんちぇい!起きて!」
 小さな手が肩を揺らす。その優しげな仕草に一度は覚醒した意識が、またもや
眠りの海に誘っているようで、とても心地よい。
「もう!」
一度は醒めかけたと思ったが、静かな寝息を立てる天才外科医に、少女は小さくため息をついた。
ソファーの周りには、脱ぎ捨てられたジャケットや、リボンタイ。
医学雑誌やドイツ語で書かれた紙類、ビールの空き缶も数個転がっている。
「ピノコがいないと、ちゅぐに散らかすんだかや…」
 お泊り用のピンクの鞄を置いて、少女はとりあえず空き缶を抱えてキッチンへと持っていった。
 それから、雑誌や紙類を纏めてテーブルの上に置き、ジャケットはハンガーにかける。
「お、帰ってたのか」
 ジャケットを寝室のクローゼットに閉まって戻ってくると、天才外科医が体を起して欠伸をしていた。
「お帰り、ちぇんちぇい、おはよう」
「ああ、ただいま」
 じとー。と、少女は少し不機嫌な顔をしていたが、天才外科医は気にせずに、うーんと伸びをする。
「ああ、そうだ」
 ふと思い出したように、彼はズボンのポケットを弄った。
 そして取り出したのはとても小さな紙袋。
「ほれ」
少女の小さな手の上に、それをぽとりと落とした。
「なあに?」
「土産…かな」
「おみやげ!?」
 不機嫌そうだった少女に、笑顔が溢れた。
「あいがと!ちぇんちぇい!」
「ま、なんだ。たまたま見つけたんだ」
 視線をそらしながら言う天才外科医、少女は「あけていい?」と許しを請うた。
「ああ」
答えるのを待って、少女は紙袋を丁寧に開けた。まるで、繊細な宝飾品を扱うかのように。
紙袋の中身を見て少女は「わあ!」とうれしそうな歓声をあげた。
それは、携帯電話用のストラップだった。
ピンク色の革紐に、四つ葉のクローバーを模したシルバーの根付がついている。
「ちぇんちぇい、あいがと!!」
もう一度、少女は礼を告げた。
天才外科医は、こちらを向かずに立ち上がり、洗面所へと向かう。
少女は嬉しくて、嬉しくて、たまらない。
このストラップは見覚えがあった。
いや、忘れるはずがない。ただし、色が違うが。
黒い革紐に、四つ葉のクローバーを模したシルバーの根付がついている携帯電話用のストラップ。
それは、少女が天才外科医にプレゼントし、現在、彼の携帯電話にぶらさっがっている
ストラップだった。