『日曜日の朝』


「てっぽうの撃ち方おちえて---」
またか。
少女の突飛な科白に、天才外科医は小さく溜め息をついた。「昨日の洋画劇場なんだったんだ」
「れおん」と、少女。「かっこよかったよのさ--!ころちやのひと、ちぇんちぇいと声が似てたよのさ」
「あのなあ」
天才外科医は読みかけの雑誌に視線を戻した。「日本には、銃刀法というものがあって、鉄砲を持っていると、逮捕されるんだ」
「れも、ちぇんちぇいも、ろくたーももってゆ…」
「…人に言うんじゃないぞ」
「ううう」
少女は唇を尖がらせて、天才外科医を見上げた。「てっぽうをうてゆようになれば、こよしやがきたとき、ピノコがやっつけゆことができゆのに---!」
「馬鹿」
ぽん。彼は少女の頭を優しく叩く。「そんなこと、絶対にさせないぞ」
「なんれ---!」
「なんででもだ」
「けち---!」
「どうとでも」
きー!きー!と少女は抗議をするが、天才外科医は取り合わない。 
そんなこと、覚えなくてもいい。
君にそんなことは、絶対にさせないから。



『日曜日の午後』



 その声はいつもラジオから流れてくる。
 可能な限り、この番組を、この時間に聞いていた。
 可能な限り毎日でも。
「はい!みなさまコンバンハ!ミュージックミッドナイトのDJ犬山ですー!元気に梅雨を過ごしてますかー?
ボクはさっきカレンダーを見て気づいたんですが、もう6月も終るんですねー、早いですねえ。
そしてもうすぐ夏ですよ!みなさん、ちゃんと恋人の用意はできてますか?
ボクはねえ、これからです!誰かこんな犬山と夏のトキメキアバンチュールをしたい方は、
ミッドナイト犬山とアバンチュール係まで申し込んでくださいね---!ボクは来るものは拒みませんよ!
あ、女性限定でお願いしますね!野郎と夏は過ごしたくありませんから!!
…えー、スタッフがすごい目で睨んでいるので、ここでメールを一つ読みま〜す!
えっと、ラジオネーム『天才奥さんピーチ』おお、ピーチ!いつもありがとね---!
『犬山さん、こんにちは。やっと日本に帰って来たら、もう梅雨なんですね。洗濯物がたまって困っちゃいます!私の旦那さんは、
今回は納得のいく仕事ができませんでした。とても悔しかったと思うのですが、彼は誰にも弱さをみせません。
ピーチは支えたいのですが、彼はいつも一人で書斎に篭ってしまうのです。いつかピーチを頼ってくれるかな?』
おお、ピーチ!君はいつも、なんて出来た奥さんなんだ---!!みんな聞いた?もう、ボクがピーチを嫁に貰いたいよ!!
君は支えになってるって、絶対!鈍感旦那も分かってるって、もっと自信をもて!そして駄目なら、犬山ピーチになれ!
おっと、これ旦那が聞いてたら、やばいなあ。はは!じゃあ、ピーチのリクエストいってみよー!
ピーチの他にも、ラジオネーム『たんたんタヌキ』『ジュリーの息子』『48時間ラジオリスナー』からいただきました、曲は------」

 カーステレオからは、音楽が流れてくる。
 助手席の少女は、その歌を小さく口ずさんでいた。
「お前は」運転席の天才外科医は言った。「このラジオ番組、好きだよなあ」
「うん」少女は笑って「久しぶりに聞けたよのさ」
「…先週まで、フランスだったからな…」
 
 その曲は、まだ、終らない。