『笹の葉さらさら』 「あい」 少女が、愛らしい笑顔と共に差し出してきたのは、 一筆箋大の色画用紙。 「…なんだ、これは」 差し出されたそれを受け取り、天才外科医は尋ねた。 その問いに、少女は少し頬を膨らませて 「『何』って、短冊に決まってるでちょ」 「短冊?」 「ちょ、短冊」少女は言った。「来週、七夕しゃまでちょ?雨が降らないように、 お願い事を書かないとね!」 「雨が降らないように?」 「ちょ。ちぇんちぇい、ちらないの?」 知らない訳ではない。 行事に疎いとはいえ、これでも日本人だ。 幼い頃、この手のイベントを律儀にこなしてしたのだから、七夕の内容ぐらいは知っている。 だが、『雨が降らないように』『願い事を書く』というのは、繋がらないんじゃないか、 と天才外科医は、その理知的な思考で密かに考えたのだった。 「とにかく、ちゃんと書いてくだちゃいね!」 念を押され、少女は書斎から出て行った。 そして、残されたのは、天才と名高い無免許医と、色鮮やかな、短冊。 「…参ったな…」 お願い事。 お願い事。 おねがいごと。 この天才外科医にとって、これほど重たくも難解なテーマはないと思う。 何故なら、彼は現実主義者であり、願うものは総て努力目標として、己に課する。 そして、その目標は彼の手にて達成されるのだ。 それでも、それでも、それでも、だ。 彼にだって、願ってやまないことぐらいはある。 「…参ったな…」 もう一度、天才外科医は、呟いた。 そして、愛用の万年筆を手に持った。 『軒端に揺れる お星様きらきら』 「あい」 少女が、愛らしい笑顔と共に差し出してきたのは、 一筆箋大の色画用紙。 「…何だい、これ」 差し出されたそれを受け取り、安楽死医は尋ねた。 その問いに、少女は少し頬を膨らませて 「『何』って、短冊に決まってるでちょ」 「短冊?」 「ちょ、短冊」少女は言った。「来週、七夕しゃまでちょ?雨が降らないように、 お願い事を書かないとね!」 「雨が降らないように?」 「ちょ。ロクター、ちらないの?」 「…知らん…」と、答えた。 日本語が堪能で、日本の新聞が難なく読めて、『エンタの神様』のギャグを見て「この新人、 詰めが甘いよな」という批評すらできるとはいえ、ドクターキリコは日本人ではない。 そんなわけで、七夕という行事に疎くても仕方が無いだろう。 「これに、お願い事を書けば、晴れるのかい?」 少女の拙い説明を要約して、死神は尋ねた。 「うん!」 「もしかして」死神は言った。「これ、お嬢ちゃんの先生も書いたの?」 「勿論よのさ!」 にっかりと、嬉しそうに少女は笑って「もう、かじゃってあるよのさ。でも、 ピノコには見えないとこに、かじゃってあるの」 「へえ」 あの天才外科医の願い事。 好奇心に駆られ、死神はその短冊とやらが飾られている場所に案内してもらう。 それは、玄関先にあった。 玄関の手すりに、天井まで届きそうな程の大きな笹が結わえつけてあった。 笹には、少女が作ったのか、様様な飾りが色をなしている。 「クリスマスツリーみたいだな」 手作りの飾りを使用するあたりが、日本的だ。 死神は、少女の手が届きそうも無い天井近くを見上げた。 あった。 一つだけ、控えめに、見つからないように下がっている、短冊がひとつ。 恐らく、あれが天才外科医の願い事。 にやり。笑って、死神は短冊をのぞきこんだ。 本人がいたら、確実にメスをお見舞いされるであろう。 そこに綴られていたのは、短冊には凡そ似合わない、アルファベッド。 そんなに、あの少女に読まれたくないのか。 しかも、ドイツ語だという徹底振り。 「どうちたの?ロクター」 不思議そうに少女は尋ねた。「なにが、そんなに可笑ちいの?」 「ん?…ああ」 死神は、口元を押さえて、少女の頭をぽんぽんと叩いた。 どうやら、笑いを押さえ込んでいるらしい。 「お嬢ちゃん」死神は言った。「お嬢ちゃんは、幸せだよなあ」 「?ちょうよ」 即答した。 そうなのだ。この少女は、そういうに決まっている。 「ねえ、なんで笑ってるの?」 少女は膨れながら尋ねるが、死神は答えなかった。 『Familiensicherheit Geschaftswohlstand Ein Madchen ist froh B・J』 『金、銀、砂子』 「あい」 少女が、愛らしい笑顔と共に差し出してきたのは、 一筆箋大の色画用紙。 「…ああ、短冊ね」」 差し出されたそれを受け取り、辰巳は笑顔で答えた。 「ボクが書いてもいいのかい?」 「当然!」少女は言った。「ちぇんちぇいも、ロクターも書いたよのさ」 「…ロクターて、ドクターキリコのことかい?」 「ちょうよ!」 あの天才外科医と死神の化身の願い事。 好奇心に駆られ、辰巳はその短冊とやらが飾られている場所に案内してもらう。 それは、玄関先にあった。 玄関の手すりに、天井まで届きそうな程の大きな笹が結わえつけてあった。 辰巳は、少女の手が届きそうも無い天井近くを見上げた。 あった。 控えめに、見つからないように下がっている、短冊がふたつ。 恐らく、あれが。 悪いと思いつつ、辰巳はその二つの短冊を覗き込んだ。 そこに綴られていたのは、短冊には凡そ似合わない、アルファベッド。 「、、、、、。」 それらを読んで、辰巳は盛大に噴出した。 「どうちたの?」 キョトンとする少女。 しかし、辰巳の笑いは止まらない。 「いや、、はは」辰巳は腹を抱えながら「あの二人は…親ばかだな…!」 「ええ?」 やっぱり、わけがわかない。 少女は、不思議そうに、笹飾りを見上げた。 『Familiensicherheit Geschaftswohlstand Ein Madchen ist froh B・J』 『Avoir le souhait d'un joli genie se rendu compte; soignez Chirico』 家内安全、商売繁盛、 少女が幸せでありますように B・J 可愛い天才の願い事が叶いますように ドクターキリコ