ふと、思う。
 私は海から生まれたのではないのか、と。

 穏やかな、砂浜。
 仰げば、暗い夜空は光りそのものの様な星が、
 美しく、出鱈目に、規則正しく、散りばめられている。

 よせてはかえす、緩やかな波音。
 その美しい旋律に、誘われるように、私は、
 その黒い海水へと
 一歩一歩踏み出していく。

 ふと、思う。
 私は海から生まれたのではないのか、と。

 黒い海水が纏わりつき、私の身体から自由を、少しずつ奪っていく。
 それでも優しい母なるそれは、まるで胎内の羊水のようで、
 身を浸してしまえば、
 後は果てなど肉眼では見えない、見ることの出来ない
 暗い、暗い海底へと、静かに、確実に、誘っているようで。

 海の底にも都があると言ったのは、誰だったか。

不意に、物凄い力で、身体が海面に引っ張り上げられた。
何が起きたのか、すぐには理解できない。
腕を掴む力。握る力。痛いぐらいに食い込む、それは

「死ぬぞ」

一言、背後からの声。

「コレぐらいで死ぬか…」

言葉に笑って返答する。不意に背後から抱きしめられた。
温かい、人肌の温もり。
「お前は…危なっかしい…」
耳元で囁かれる声。
抑揚のない、無機質なその声は、私を現実へと引き戻す力をもっている。
何故か、それにあがらうことができない。
だって。それは。

「俺は、ただ寒中水泳を楽しんでいただけだぜ」
「こんな夜中にする奴がいるか」
「そんなのは、俺の勝手だ」

 ぐいとこちらを向けさせられ、唇を奪われる。
 熱い、篤い、力強い口付け。
 まるでそれは、現実感そのもののよう。

死神。
お前は、この世で一番美しくて、
最も醜い現実に手を染めつづけているくせに。


「お前は…まるで、海から生まれたみたいだな…」
細められる碧眼。濡れた白銀の髪は、美しくて、まるでこの世のものとは思えない。
「だから、帰っていくのかと、思った」
告げられた、言葉。

なら、お前は、何故俺を引きとめた。
何故お前は、俺を現実に引き戻す。

何故、お前は、俺を。

深夜の海