「無理だな」
 辰巳の持ってきたカルテを軽く一読してから、
天下の無免許天才外科医は、冷たく言い放つ。
「腫瘍がここまで大きければ、どう摘出しても下半身への麻痺は免れんさ」
「分かってる」
神妙な面持ちで、辰巳は言った。「でも、君はこの手の症例を幾つもこなしてきただろう?患児は、まだ3歳なんだ」
「リハビリで動くようになるかもしれないだろ」
「それだって、執刀医の腕次第さ!」
「辰巳」静かに、冷酷に、BJは言った。「俺は慈善家じゃない」
「でも」辰巳は言った。BJを強く見据えて「君は医者だろ」
互いに、睨みあう。
知らぬ者なら逃げ出しそうな、BJの殺気に気圧されることなく、
辰巳は彼を見詰め返していた。
それだけ、必死だった。

------重く、詰まるような沈黙が室内を支配する。





うさぎのみみとおいしゃさん



「たっらいま〜!」
玄関から、明るく可愛いらしい少女の声が響いた。
ぱたぱたと足音を立てて、少女は重苦しい空気の漂う診察室へと足を踏み入れる。
「たらいま、先生!」
そんな空気を一掃させる、少女の愛くるしい声。「あ、辰巳先生、いっらしゃい!」
「やあ、ピノコちゃん」
 男性医師二人は、ぎこちなく少女の方を振り返り、
 絶句した。
「ピノコちゃん…それ…」
 辰巳が絶句する原因となったそれを、指差して尋ねる。「どうしたの?」
「へへ、可愛い??」
 ニッコリと笑って、ポーズをとる。
 可愛い。確かに、この少女は可愛い。
だが、今日はその可愛い栗色の髪の毛の上に、ちょこんとのっているもの。
白くて長い、動物のウサギの耳を模したカチューシャであった。
「うえのどうぶつえんで、かったのよさ」
ウサギの耳を揺らしながら、少女は愛らしくターンをしてみせた。
大人の女性がつければ、バニーガールと呼ぶだろうが(そうか?)
こんな(見た目が)幼い少女がつけると、まるで童話の世界から飛び出してきた、メルヘンチックな存在に思えてくる。
「へえ、上野動物園ねえ」
感心したように辰巳は「よくできてるね、可愛いよ」
「ちょう?」
辰巳の言葉に、少女は嬉しそうに飛び跳ねた。
「あ、あとね、しっぽもあるんらよ!」
 ピンクのポシェットから、ごそごそととりだしたのは、
耳とおそろいの、白くてふわふわした丸い塊。可愛いしっぽであった。
「スカートの上からつけたら、変かなあ?」
「ピノコ」
 今まで沈黙を守っていたBJが、口を開いた。「先に、手指洗浄とうがいだ」
「あ、はーい!」
 言われて、素直に少女は洗面所へと駆けていった。
「女の子が、あんな耳をつけたら可愛いな」
辰巳は呟きながら、BJの方に向き直り、再び、絶句した。
「…間…」
「…いや、のぼせただけだ…」
「ほら、ティッシュ」
「すまん」
 辰巳に差し出されたティッシュで、BJは鼻を拭う。
 少量だが、鼻腔出血した模様。
「間」辰巳は言った。「念の為に言っておくが、ピノコちゃんに何かあったら、すぐに里親解除して、俺がピノコちゃんを引き取るからな!」
「分かってる…」
決まり悪そうに、BJは答えた。「…さっきの患者、引き受けるぜ」
「そりゃ、ありがたい」
「ピノコに言うなよ」
「分かってる」
 
-----------二人の間に、再び、重苦しい空気が流れたのであった。