暦も季節も文句ナシの冬。 月間のカレンダーもとうとう一枚になった。今日このごろ。 いつものように、海外へ長期出張中である天才外科医の自宅兼診療所の大掃除を終え、 ピカピカの美しい室内を飾り付けしたい!という少女のリクエストを受けて、 辰巳は、職場内にある障害児保育室に少女を連れてきていた。 保育士に、クリスマスの手作り飾りの作成方法を聞くためにだ。 「へえ〜ピノコちゃん、ケーキも焼くんだ!」 「えらいねえ!!すごい!!」 折り紙を折って切り込みを入れたり、セロファンを貼ったり、 保育士と少女は器用に、着実に、クリスマス用にの壁面飾りを作成していく。 「ことちは、ブッシュ・ド・ノエルに挑戦するつもりなのよさ!」 得意げに胸をはる少女に、若い保育士は「えらいねえ〜」と感心しきり。 「仕事じゃなかったら、ケーキなんて買うよ」 「うんうん。愛ねえ〜」 えへへ、と照れながら「ピノコ、オクタンですから!」と覆い張り。 「うらやまし〜」 「愛だわ」 保育士二人と少女の会話は、年頃の20代女性の会話として、違和感がない。 それはやはり、少女の内面が見た目どおりではないという証拠か。 「わあ、たくさんできた!あいがと!」 「いえいえ、商売ですから」 「あの」少女は、えへ!と笑って可愛いお弁当箱を差し出した。「こえ、お礼です!ピノコの焼いた、 クッキー」 「え〜いいのに!」 「ありがとう、ピノコちゃん」 「こちやこそ、あいがとうごじゃいました!」 ぺこり。 礼儀正しく、少女は頭を下げた。 帰り道。 満足そうに歩く少女に、辰巳は、ああそうだ。と思い出す。 「忘れるところだった。はい、ピノコちゃん」 「?なあに?」 差し出されたのは、細いシルバーチェーンに涙型のヘッドがついた、ペンダント。 そのペンダントヘッドは、可愛い二頭のイルカが向かいあって、ハートマークを演出している。 「あ、こえって…!!」 小さな手の平の上にそれをのせ、少女は満面に笑みを浮かべた。 丁寧に、そのイルカの蓋を開いた。 そしてその中身をみて「わあ…!」と可愛い声をあげてくれた。 「ごめん、そんなのしかなかったんだ」 「ううん!」少女は頭をふって「すごく、うれちい…!!辰巳先生、あいがとう!!」 このうえもな嬉しそうな表情を浮かべて礼を言う少女をみて、辰巳も釣られて笑ってかえす。 「おっかえり!ちぇんちぇい!!」 実に二ヶ月ぶりの再会。帰宅した天才外科医に、少女は文字通り「わーい!」と抱きついた。 「で、無事?」 「…しょっちゅう怪我してくるように言うなよ…」 苦笑しながら、天才外科医は片手で少女を抱き上げたまま、リビングへと歩いた。 少女はニコニコしながら、天才外科医のその存在に包まれて安心した表情をみせる。 この現実感。本当に彼はここにいる。 その安心感が、何よりも嬉しかった。 リビングへつき、少女はぴょんと床へ降りると、少女は両手を広げて、 「コートちょうらい、かけてくゆから」 「ああ、頼む」 愛用の黒いコートを脱いで手渡すときに、さすがの天才外科医も気がついた。 「ピノコ、それ、どうしたんだ?」 少女の胸元には見慣れぬペンダントが下げられている。 指摘をうけ、少女は顔を真っ赤にさせて「な、んでもないよのさ!」とコートを引っ手繰って、 パタパタと廊下へ飛び出してしまった。 「?…変な奴だ」 ちらりと、誰からか貰ったのかとも思った。 その時はそれだけだった。 が。 「…怪しいと思わないか?」 ただでさえ眼つきの悪い男が、益々鋭く、怒りを含んだ眼光を放っている。 怒り半分と、アルコールも手伝ってのことだろうが、呼び出された方の身にもなってほしい。 「…まあ、怪しいかもな…」 言うだけ無駄か。 天才外科医に都内のバーに呼び出された死神は、諦め半分に隣へ座る。 「辰巳に貰ったっていうんだが、俺に絶対に触らせないんだ!」 だん!カウンターにグラスを叩きつけるように置いて「それって、おかしいだろ!だって、辰巳だぞ!」 「…そうだな…」 逆らわずに、相槌をうつ。 いつから飲み始めたのかはしらないが、大分摂取したのだろう。 こんな時の彼には逆らわない方がいい。 特に、少女のことで怒り心頭の時は。 「聞いているのか!?」 「…聞いてるさ」 「もしかして」突然、天才外科医が死神の胸倉を掴む「あのペンダント、お前がやったんじゃないんだろうな!!」 突然の飛躍した考えに正直呆れる。こいつのドコが理知的な天才外科医だ。 「なんで、俺がそんなことするんだよ」 「正直に吐かないと、ただじゃおかんぞ」 こいつ、相変わらず人の話を聞いちゃいねえ。 「あのな、落ち着け。あのぐらいの年齢じゃ、秘密の一つや二つあるだろう」 「秘密!?」ぐぐっ!胸倉を掴む奴の手に力が篭る。「貴様、秘密でピノコに会っていたのか!?」 「会ってない!会ってない!」 「わかった」 急に、天才外科医は手を離した。そして、椅子に座りなおして、溜め息をつく。 「まあ、あんまり過保護になるのもな。ピノコにもプライバシーがある」 …今更何を…と思うが、口に出さないでおく。 今それを言えば、本気で生命が危ない。 「キリコ」恐ろしく冷たい声で、天才外科医は呟いた。「この際だ、ツケを払ってもらおうか」 「ツケ?」 嫌な予感がする。 「カルディオトキシンのだ」BJは言った。「支払いは肺か、小腸か、膵臓か、それとも角膜か」 「なんでお前の支払方法は現物提供なんだ」 「ツベコベ抜かすな!なんなら、今すぐ摘出するぞ!」 ああ、酔いの回った天才外科医ほど、恐ろしいものがあるのだろうか。 いや、そんなもの、ありはしない。 やっと酔いつぶれてくれた天才外科医を、死神は自宅兼診療所へと送り届ける。 あんな目にあったというのに、お人よしもいいところだ。 「あえ、ロクター?」 ドアを開けた人物に、自宅で待機していた少女は驚いたように大きな瞳をぱちくりさせる。 「先生が酔いつぶれちゃったのよ」 ずかずかと寝室へと入り、腹立ち紛れに、天才外科医をベッドへと落す。 当の本人は、安らかに夢の中だ。 まったく。あの後は散々だった。 物騒な会話に店を追い出され、次の店に連れ込まれた後も、長々と説教じみた愚痴のような。 8軒目でやっと酔いつぶれてくれたのだが、こいつはやたら高い酒ばかりのみやがって、 支払い段階になって、背筋が凍りつく。 まあ、カードが使えたのが幸いだ。 こいつの腎臓の一つでも、おいてくりゃよかった。と、物騒なことを考える。 「あいがとう、ロクター」 寝室のドアを閉めると、少女がリビングで水と温かいお茶を用意してくれていた。 ソファーに座ると、どっと疲れが噴出してきたようだ。 疲れた、正直、疲れた。 ふと、お茶を飲みながら気がついた。 少女の胸元でゆれる、涙型のペンダントヘッド。 死神の化身が呼び出された原因だ。 「あ、こえ?」 少女も気づいたのか、えへ!と笑って「ロクターになら、見せてもいいかな〜」 「いいのかい?」 「うん!」 少女は、宝物を死神の手の上にのせた。 それは可愛いらしいペンダント。 「中も、みていーよ!」 「なか?」 なるほど。開けられるようになっているのか。 かちっ。音を立てて開くと、中は写真を入れられるようになっていた。 そこにあるのは、白衣姿の天才外科医の顔写真。 少し若い頃のだろうか。今よりも幾分、幼い印象を受ける。 「そえね、ちぇんちぇいが大学生だったときのなの」 恥ずかしそうにクッションで顔を隠しながら、少女は教えてくれた。 「ちぇんちぇい、写真がないかや、辰巳先生の頼んで、学生の時の写真をいえてもらったのよさ」 「ふーん」 なるほど、そういうことなのか。 「そりゃあ、お嬢ちゃんの宝物だね」 「うん!」 少女は、またペンダントを首から下げながら「こえで、ちぇんちぇいが出張ちても、寂しくないよのさ」 「そっか」 天才外科医への想いがたくさん詰まった、ペンダント。 少女の愛情そのものでもあるそれは、寂しさを支えているお守りでもあるのだ。 天才外科医が目覚める前に、死神の化身は、岬の診療所をあとにした。 たまには、少女のことで悶々としているがいいさ。 ただ、呼び出されるのだけはご免だが。 秘密の宝物