時々、彼の背中に黒い翼が生えてくる。



 緑と赤に彩られる季節は、驚くほどに皆が浮き足立っている。
 常に流れる童謡は、繰り返し、繰り返し、同じモノ。
 まるで傷のついたCDみたい。
 楽しいだろう?嬉しいだろう?だっていい子にはプレゼントがもらえるんだから。
 恋人と二人で過ごすのが、当然だから。
 そんな呆れるほどの商戦に乗っ取った行事に便乗するのは、毎年のこと。
 イベント好きである、天才外科医の助手は、特にこのイベントが好きだから。
 その笑顔を見るためなら、何を引き換えにしたって…。

「…どうした、先生」

 深夜、家の裏手で男が二人。
 身を切るほどの寒気と、冷たい波音が、まるで心中寸前のお芝居みたい。
 室内は、パーティーも終えて静まり返る。
 少女は死神の妹と共に、ベッドの中。
「今日は、女の子同士で寝るよのさ!」
 そんな事を二人で言いながら、女性二人は嬉しそう。
 その笑顔を見るためなら、何を引き換えにしたって…。

 無言で屋外に引っ張り出しても、死神は文句の一つも言わなかった。
 どうせなら、文句の一つでも、溜め息の一つでも、落としてくれたなら。
 死神の胸倉を掴み、噛み付くようにその唇に食らいつく。
 柔らかい感触。まるで、人間のような死神の味。
 息が、苦しい。
 胸が、痛い。
 だから、だから、だから。
「…辛くなったの?」
 死神の言葉に、びくりと体が震える。図星だったから?まさか、そんな些細な事。
 そんな事じゃない。
 だけど。
「お前のせいだ」死神のせいだ「お前がいたからだ…お前のせいだッ!」
「それは、悪かった」
「お前のせいだッ!」
 ぶつける言葉は、ただの八つ当たり。



 苦しそうに、言葉をぶつける彼は、まるで聖夜に追い出された子悪魔みたい。
 寒くて、寒くて、震えている。
「先生、サンタさんが見ているよ」
「黙れッ!」彼は眼を伏せて「…そんなもの、いるわけがない…いるわけがないんだッ!」
「そうだね」
「否定するな、ピノコは信じているんだぞ」
「そうだったね」
 矛盾する言葉。いや、矛盾はしていないのか。
 気づいていた。
 自分が少女と会話しているとき、彼は酷く辛そうな表情をしていたことを。
 まるで、聖夜に追い出された子悪魔みたいな表情で。
 彼は、本当は、クリスマスが好きではない…いや、はっきり言えば、嫌いなのだろう。
 彼の最愛の母は、雪ふる夜に、天に召されたのだという。
 それは、この聖夜に近い日で。
 彼は、彼はきっと願っていたのだろう。
 赤い服を着こなす異国の老人へ。母の回復を。父の帰宅を。

 生気のない青い唇。
 震える彼は凍えているだけではなさそうだけど。
「先生、知ってる?遭難で体温低下を防ぐには、人肌で温めあうのがいいんだって」
「…家に入ればいいだろ」
「いやん。女性陣にエッチを見られちゃう」
「何が”いやん”だッ!変態死神!」


嫌いだけど、毎年催される、クリスマスパーティー。
少女の笑顔を見られるのなら、彼は何を引き換えにしても………。













聖 夜