※ピノコちゃん18歳Ver.です 「せんせ--、お昼ご飯は炒飯でもいい?」 「ああ」 「せんせ-、国際郵便来てたよのさ」 「ああ」 「せんせー、さっき市役所に婚姻届出しておいたから」 「ああ…は?」 婚姻届 「ピノコ、今、なんて言った?」 あまりに聞きなれない役所の書類名に、天才外科医は助手に聞きかえす。 「だから」 助手の彼女は、エコバックから食料品を出しながら 「お買い物のついでに、婚姻届も出してきたからって。聞こえなかったの?」 「いや…」 先程の言葉が聞き間違いではないことを確認した天才外科医は、あまりに「それがどうしたの?」といわんばかりにキョトンとしている助手の顔を、マジマジと見詰める。 と言うか、どういうことだ。 つまり、婚姻届を提出してきたってことは、ピノコが私の戸籍に入籍するということか?それはつまり、間の戸籍が新しく作られるということになるのか。 あまりに唐突な話であったせいか、天才外科医はかなりずれた場所での論点を考え込んでいた。 「そ、うじゃなくて、だな」 自分があまりにずれたことを考え込んでいたことに気づいた天才は、気を取り直して、問題点を整理し、質問を口にする。「お前…俺に相談なしに、そんな重要な書類を勝手にだしてくるんじゃない」 「勝手じゃないよのさ」ぷう。助手は頬を膨らませて「先生、今日は何の日?」 「今日?」 逆に質問されて、天才外科医は素直に考え込む。あ、そういえば 「…結婚記念日か」 「そ!」 数年前、メキシコ出張から戻ってきたら勝手に設定されていた、記念日だ。 だからと言って何をするでもなく、ただ、ご馳走が食べられる日が増えただけのようなものだったが。 「だから、今日、届をだしてきたの」 「…そうか」 確かに、それは理屈としてはあっている。ただ、普通は届を出した日が記念日になるものだが。 「先生、忙しいから、ドクターに代筆してもらったんだよ」 「そうか」と、天才外科医。「………ドクター?」 「うん」と、助手。「ドクターキリコ」 「キリコだと!!?」 「ついでに、証人にもなってもらったの」 「なんだと!?」 自分の代筆だけならいざしらず(それは詐欺なのでは?という問題はスルー)何故に自分の婚姻の際の証人に、よりによって死神の化身の名前を書かなくてはならないのだ。 「筆跡似せるのが、得意だからって、ドクター言ってたから」 「そういう問題じゃない」 「ちゃんと受理されたし、いいじゃない」 「そういう問題でもない」 「もう!」とうとう助手の彼女は、少し怒り顔で「今日を逃したら、また来年になっちゃうでしょ?ドクターは協力してくれたの!文句を言ったら、バチが当たるよ!」 いや、協力は恐らく面白いからしたのだろう、と、容易に想像がつく。 あの死神め、今度あったらただじゃおかん。 「そういうわけだから、午後から出かけるよー」 「ドコにだ」 「お墓参り」にっこり笑って、彼女は言った。「本間先生と、先生のお母さんとお父さんに、ピノコを紹介して」 「……そうだなあ」 まあ、こうなったら仕方がないか。 天才外科医は外を見た。 今日はいい天気だ。 (おわる) ■後日談■ それは、ほんの気紛れか、運命の悪戯か。 「ん?…ゴミか」 ダイニングのゴミ箱の脇に落ちていた、丸まった紙。普段なら、そのままゴミ箱に入れてしまうのに。 かさかさと、わざわざ開いてしまったのは、天才の持つ勘、故か。 「先生?どうしたの?」 「ピノコ、ちょっと出てくる」 「??そう。遅くならないでね」 「ああ、一撃でしとめてやる」 ばたん。意味不明な言葉を残し、天才外科医は外出した。 「変な先生」 小首をかしげて、助手の彼女はダイニングへと向かう。 そのテーブルの上には、くしゃくしゃの皺だらけの紙が一枚。 「あえ?捨てたはずなのに」 それは、書き損じた、婚姻届。死神ことドクターキリコが、夫の欄に間違えて(?)自分の名前を書いたもの。どうして、ここにあるのかしら?彼女は不思議に思う。 殺意の塊と化した悪徳無免許医が、死神の化身の目の前に現れたのは、その数時間後。 その後、死神の化身がどうなったのか。 それは誰にもわからない。 (おわゆ)