少女は一抱えもある花束を、リビングのテーブルのうえに置いた。
それは、見事に真っ白な花束。
純白に美しい、菊のを花束だった。
台所に行き、少女はこの家で一番大きな花瓶を持ってくる。
そして、菊の花、一本、一本、丁寧に葉を落とし、生けていく。
それは毎年恒例の行事だった。
ほどなくして、花瓶には真っ白な花が、バランスよく生けられた。
 少女はその出来に満足したのか、にっこりと微笑んだ。
 落とした葉っぱを新聞紙に纏めて、台所にある可燃物用のゴミ箱へ捨てる。
そして、小さなお盆に、冷たい水を汲んだ湯飲みと、小さな和菓子をのせて
リビングへと戻ってきた。
お盆を菊の花瓶の前に置く。
そして、呼吸を整えると、少女は瞳を閉じ静かに手を合わせた。

それは毎年恒例の行事だった。

本日、この家の主人である天才外科医は、不在だった。
だがその方が良いと、少女は思っている。
この行事は少女が勝手に始めたものだった。
それに、彼にこの行事に触れさせるのは、少女にとっても、
胸が痛むことでもあった。

終戦の日。

この日のことを、少女はテレビで知った。
最初は『終戦』という耳慣れない言葉を疑問に思い、
彼の天才外科医に尋ねたのだった。
彼は「昔、この日に戦争が終ったんだ」
とだけ、教えてくれた。
あまり口数の多い方ではない彼だったが、この質問は特に口調が重かった。
触れてはいけない話題なのだと、即座に感じた。

今なら、分かる。
戦後に生まれで戦争を知らないはずの彼が、
何故、先の大戦の話題に触れたくないのか。
彼は、彼も、戦争の犠牲者なのだ。
大戦後米軍統治下に入った日本は、各地に米軍基地を作られても従うしかなく
そして各地に米軍の演習場が作られた。
彼は
米軍の演習場だった、不発弾埋没地域の杜撰な管理と無責任な処理のせいで、
その人生を狂わされたのだ。

先の大戦がなければ、あの忌まわしい事故は起こらなかった。
先の大戦がなければ、彼は母親を失う事はなかった。

天才外科医は、一言もそんな事を言ったことはない。
過程論を論じても無駄だと、彼は知っているからだ。
現実に『もしも』は起こりえない。
起こった事実を受け入れ、それを自分の過去にして
そうやって、彼は生きてきたのだ。

静かに、少女は瞳を開ける。
少女はその悲惨な戦いを知らない。
だが、この穏やかな日々が続けばいいと、思っている。
そう願う少女の表情は、平和を願う一人の女性の悲しげなものだった。

 
8月15日