夏も終わると草原の空気は、あっと言う間に冷たくなる。
 青々と茂る草も、もう数週間もすると、元気を失い、枯れてゆくだろう。
 来週あたりから冬ごもりの準備をしよう。そう考えていた矢先だった。
 夜更けに、息子が尋ねてきてくれた。
 実に、数年ぶりだった。
「久しぶりだな、キリコ」
 私に似ていない息子は、硬い表情で、小さく会釈をする。
 そんな他人行儀なところに一抹の寂しさを感じながらも、それでも嬉しい。
「簡単なものしかないが、何か食べるかい」
「いえ、結構です」
「…そうか」
 変わりに、ラベルのない赤ワインとグラスを持ってきた。
 それをついで渡すと、息子はゆっくりとそれを飲み干した。
「ジョージのだ」私は言った。「随分、いいワインを造れるようになったんだよ」
「そうですね」
息子は答えると、鞄から封筒を3つだし、テーブルにおいた。
不自然なほど膨らんだ、茶色の封筒。
 私はその一つを開け、飛び上がって驚いた。
 中には、帯のついた紙幣の束が10も詰め込まれている。
「キリコ、これは…」
「これで、貴方と縁を切らせて戴きたい」
 抑揚のない、声だった。息子の言った言葉の意味が、すぐには分らなかった。
これで、縁を、切る…?
「…………そうか…」
 ゆっくりと、答えた。息子は安楽死を専門とする闇医者になった。
 私のような身内がいれば、きっと仕事に差し障りがあるのだろう。
 息子は優しい子だった。
 動物がとても好きで、妹の面倒をよくみてくれる、私には過ぎるような子だった。
 そして、とびきり頭が良い子でもあった。
「わかったよ」私はそう答えるしかない。「だが、金は要らない。お前がもっていきなさい」
「いえ、これは貴方のものです」
「要らない。そうしないと、縁は切らないぞ」
 息子は黙って、その封筒を鞄にしまい、立ち上がった。
 背が高くなったなと、思う。
「では…」
「キリコ」
出て行こうとする彼に、私は言った。「最後に、私の息子として、抱き締めさせてくれ」
「………。」
彼は戸惑ったようにみえた。いや、戸惑ったのだ。私には分る。
手を広げて、構わず私は彼を抱き締めた。
これが、これで、最後なのだ。彼は、私の息子ではなくなってしまう。
キリコは私に似ず、頭の良い子だった。とても優しくて、笑顔の絶えない、私の自慢の息子だった。
お前が戦場から戻った時に、お前を軍隊に行かせてしまった自分を呪った。
何故、あの時に私は、殴ってでもお前を止めなかったのか。

何故 お前を守れなかったのか










父の息子