walks two people. ※アニメ『命のプラットホーム』(原作:ある女の場合)の補完小説です。 運転中にボンネットから黒煙を吐いた車は、 運よく、近くの屋敷の整備士に修理してもらい、天才外科医とその助手である少女は、 帰路へとつくことができた。 エンジン音も快調で、あの整備士の腕の良さを感じることができる。 だが、一応、明日にでも整備工場に持っていって見て貰った方がいいな。 天才外科医の頭の中は、現在運転している車の事で占められていたため、 いつも雄弁な助手席の少女が、珍しく静かであることに、気づかなかった。 少女は、屋敷を出るとき、サイドミラーを見つめていた。 そして車が公道へと走り出すと、視線を窓の外へとうつす。 「あの、お姉さん…」 ぽつりと呟く少女の言葉に、天才外科医は、ちらりと視線を少女へうつした。 少女は、変わらず窓の外を眺めていて、表情は伺えない。 「さびしそう…らったね」少女は言った。「あんな大きなお屋敷に住んでいゆのに、ちっとも、幸せそうじゃなかったよのさ…」 その声は、同情からきた響きではなかった。 恐らく、分からないのだろう。 確実に恵まれているのに、それを実感できず、空虚でしかない心を。 その空虚は、自らが作り出しているという事実に、気づいていない、ということを。 「ちぇんちぇい」 くるりと、少女はこちらを向いた。 表情は、いつもの笑顔だった。 「ピノコは、ちぇんちぇいといられて、ちあわせらよ」 信号が赤に変わり、天才外科医はクラッチを踏み、ブレーキを踏んだ。 キキっ。と微かな音を立てて、車は停止線の手前で止まる。 ギアをニュートラルにいれると、その手に小さな少女の手が触れた。 小さな、温かい、少女の手。 「砂漠の真ん中れも、荒野のど真ん中れも、ちゅきなひとと一緒にいられれば、ちあわせになえゆよのさ」 車が停止したので、身を乗り出して、少女はBJを覗き込む。 大きな少女の大地色の瞳に、天才外科医がうつっていた。 「本当は」少女は言う。「用意なんていやないんらよね。らって、作れるものは、作ればいいんやから」 「…信号が変わるから、ちゃんと座るんだ」 「あーい」 素直にBJの言葉に従って、少女は助手席に座りなおした。 それを見計らったかのように、信号が青へと変わる。 ギアをローに入れて、天才外科医は車を走らせた。 作れるものは、作ればいい。 用意はいらない。 それが、少女が生きて、そして学んだものなのだろうか。 それっきり、少女はその事は口にせず、話題は夕飯のメニューへとうつった。 信じる人間と共にいれば、幸福が生まれる。 「そうかもな」 「え?ちぇんちぇいはシーフードカレーがいいの?」 「いや、三種のきのこカレーがいい」 「え〜!!ブ○ピーが……最近高いから、買ってないよのさ……」 人に用意された場所でなくても、信じる人間と共にいれば、そこに幸福が生まれる。 作ればいい。信じる人間と共に。 「ちぇんちぇい…シイタケでもいい?」 「だったら、スーパーに寄ればいいだろう。ドコがいいんだ?」 「寄ってくえゆの?」 「白いシメジがないんだったら、仕方が無いだろ」 「わーい!ちぇんちぇい。だいちゅき!」 喜ぶ少女の表情を見て、天才外科医の表情も、僅かに綻んだ。 BJの手によって、少女の体は作り出された。 だが、この少女の存在は、彼女自身のもの。 少女が自ら存在を、生きることを主張し、勝ち得た結果。 「だえかと一緒に食べゆと、とってもおいちくなるよのさ!」 砂漠の真ん中でも 荒野のど真ん中でも 共にいれば、必ず。 ねーたんへ 『好き』 『死ぬほど愛してる』 それは、ねーたんのお腹の中で聞いた ねーたんから伝わってきた、言葉 いつから、と問われても分からない いつの間にか、だとか 気がついたら、だとか そんな一言では言い表せられない 分かってていたのは、自分はマトモではないということ 微かに、僅かに聞こえる音は、様々で聞き飽きない その音が、意味をなしているということに気づいたのも いつだったか それを『言葉』だと理解したのも、いつの間にか ゆっくりと、理解してゆく、自分の状態 ゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと 時々稲妻のように流れ込んでくる波は、ねーたんの感情だったのか 苛立ちと、絶望と、憎しみは でも、今なら良く分かる あの時は、消えてなくなったりしたくはなかった だから、必死だったの ねーたんは さぞ恐ろしかっただろうけど 否定する言葉、拒絶する言葉、殺意を含む言葉 それはこちらに向けて 何度でも でも、今なら良く分かる 痺れるぐらいに大きな波が、襲った 同時に聞こえる言葉 『死ぬほど愛してる!』 まるで感覚総てを、物凄い力で引き裂かれたかのような 鋭い刃で、何度も、何度も、突き刺されたかのような そんな感情と一緒に、叫ぶように繰り返される言葉 『死ぬほど愛してる』 今なら、よく、分かる。 ねーたん、好きな人がいたんだ でも、あたしがいたから きっと想いは通じることなく 告げることもなく 狂おしい絶望の淵、でも狂うことも許されず ねーたんは、ただ、耐えるだけ ねーたん、ごめんね 今なら、よく、分かる 今だから、よく、分かる そして、素敵な言葉を教えてくれて、ありがとう 今だから、そう、言える 「ちぇんちぇい…ピノコ、あいちてる」