「11月22日が”いい夫婦の日”だなんて、日本人は洒落ているわねえ」
「日本人は駄洒落が好きなのよ」
「駄洒落でもいいじゃない、こんな素敵な日があるなんて、最高よ」
 妻同士の和やかな会話とは正反対に、夫同士の雰囲気は険悪だった。
「…偶然だ、偶然」
「あのですね…俺はこの日に賭けていたんですよ…それを、わざわざ!」
 一方的な一触即発。背後にオドロ線を背負いながら、恨めしそうに睨みつける日本人。
 悪かったなあ…と思いつつも、カナダ人は妻に逆らえば命が危ないのだ。
「事情は分かったから」
 二人の前に現れたのは、立派な髭に眼光鋭い老人だ。
 慌てて二人は背筋を伸ばして、一礼する。「申し訳ありません、本間先生」
「間クン、ジョルジュ君」本間はそれでも苦笑しながら「黒男とキリコは預かるから、しっかり妻孝行をしてきなさい」
「「ありがとうございます!」」
 いい人だ…改めて、本間の人間の深さに感心し、感謝する二人であった。




妻孝行(笑)

「本間先生に迷惑かけてばかりだな」 「誰のせいですか!誰の!」  鬱蒼と緑を深くする竹林は、冬の足音が近づく今も、まだ鮮やかな色を纏っている。  時折風が通ると、竹林はその神秘的とも言える、美しい音を奏でるのだ。 「凄いな」ジョルジュはその音と彩りを見上げる。「深い…と言うのか。まるで別次元のような美しさだ …本間先生の人間性によく似合う」 「どうせ、俺は都内の喧騒内で仮住いですよ」 「…なんで今日はそう、つっかかるんだ」  不機嫌丸出しの日本人、間 影三は恨めしそうに前方を見詰める。  その視線の先には、実に楽しそうに近況を伝え合う、妻同士の姿。 「楽しそうじゃないか」と、ジョルジュ。 「ええ、そうですね」と、影三。「俺はですね、今日この日を休日にするために、半年がんばったんですよ。 …みおとの半年振りのデートの為に…」 「あ-…」 そう言う事だったのだ。「それは、悪いことをしたな…すまない」 「”ごめんなさい”」 「え?」 「日本語では”ごめんなさい”って言うんです」 「ご、ごめんなさい…?」  ゆっくりと、ジョルジュは告げた。日本語は発音が時々むつかしい。  だが、その言葉を聞いて納得したのか、影三は溜め息を一つ落としてから、笑顔を向けた。 「ま、メアリさんにエドが逆らえる訳がないですか」 「そ、そうなんだよ。本当に可愛いみおちゃんが羨ましいよ」  機嫌が直った兆しがみえて、ジョルジュは心底安堵した。  だが。 「ねえ、影三」つまのみおが振り返り、笑って爆弾を落とした。「今日は、サンリ○ピュー○ランドに行きたい!」 「はあ!?多摩のか?」 「そ」みおは言った。「メアリが行ったことないんだって!ねえ、どうせなら、モノレールで行こうよ」 「お前…新宿から京王線の方が…」 「いいじゃない、決まり!」  押し切る妻の言葉に、影三は黙り込む。  ああ、せっかく機嫌が直ったのに…とジョルジュは内心で冷や汗をかいていた。  勿論、妻同士はそんな夫の気苦労を知らずに、実に楽しそうであった。  サ○リオピ○ーロランドとは、多摩市にある日本初の全天候型テーマパークであり、 鉄骨造一部鉄筋コンクリート造地下2階地上4階、施設面積は施設面積/約45,900m2、 日本武道館の約2倍の広さらしい。(公式HPより) 経営母体は、勿論あのサンリ○で、劇場ライブショーやパレード、様様なアトラクションに、ここのキャラクターである キ○ィちゃんの家なんかも拝見することができる。ちなみに管理者は、娘が2歳の時に行ったのだが、 やはり4歳過ぎの○ティちゃんが誰なのかをちゃんと認識してから行くことを、オススメする。 現在6歳の娘に尋ねると、当時を一つも覚えていないという悲劇を、管理者は味わった。  まあ、今回は全員が大人であるので、そんな悲劇は繰り返されないとは思われるが、何せ、サン○オ。 いくら妻のリクエストだとしても、妻同士が盛り上がっている横で、男二人がどうすればいいのか。 しかも、二人の子どもは息子である。膨大にあるピンク色の土産物屋で、6歳男児が喜びそうなものを選び出すのは、 結構至難の業だった。 「…基本的な事を聞くが、キテ○ちゃんは、ネコなのか?」  現在特別イベントで、水○しげる原作の妖怪アニメを上映していたので、息子への土産はここで選ぶことにした。 「ネズミだと、オリエンタ○ランドに訴えられるでしょう」  目玉に体の生えた人形を選びながら、影三は答える。「懐かしいな、○太郎…雑誌で読んだ記憶がありますよ」 「妖怪はゴーストとは違うのか?」 「人間が死んでなると言われる”ゴースト”ではなくて、妖怪は”精霊”や”自然の神”が零落してなるものだという 民俗学者の論文を読んだことがありますよ(実話)」 「…ふうん…」 「ジャック・オー・ランタンとか、パフ・ザ・マジック・ドラゴンとか、そんな感じですよ」 そんな会話をしている時、ピンク色の土産物屋から、妻同士が小走りにやってきた。 「みてみて、影三!これ、きいちゃんに似合うと思うのよ!」  じゃん!と見せたのは、○ティの猫耳と冠とベールのついた ”キテ○ちゃんなりきりカチューシャ!ウェディング編”であった。 「みお!お前はきいちゃんに何をさせたいんだ!」 「え〜だって、メアリも似合うって」 「”え〜”じゃない!返して来い」 「え〜」 「ま、まあまあ、影三」苦笑しながら、きいちゃんの父親が仲裁に入る。「良いじゃないか、お遊びだよ」 「そうよう、洒落よ!」 「洒落じゃなくなったら、どうするんだ!」  ”洒落じゃなかった”きいちゃんの父親は、ワザとらしく咳払いをしてみせた。  だがまあ、この時の影三の予感は、数十年後に的中するのだが。 「エディ!これ、くぉちゃんに似合うと思わない?」  スパンコールがこれでもか!というほどついた、キラキラタキシード”ダニエ○なりきりタキシード、限定パレードモデル” を手にした妻のメアリを見たとき、さすがのジョルジュも絶句した。  そうこう遊んでいるうちに、夕方になり夜も近づく。  早めの夕飯をとり、適当なカフェでお茶をしてから帰ろうということになった。  カフェは人も多く、二人席が多いせいか、全員では座れそうにない。  そんなわけで、分かれて座ろうと提案したのは、ジョルジュだった。 「確信犯ね」 ちらりと後をみながら、メアリは笑う。 薄闇に沈むテラス席。小さなテーブルには注文したブレンドコーヒーと、赤いキャンドルが炎を揺らす。 「影三に悪いからな」 カップを口にしながら、ジョルジュは言った。「それに、私を蔑ろにして遊ぶ妻へのお灸とね」 「怒ってるの?」 「多少は」 「へえ」メアリは好戦的な視線で、夫を見詰める。「珍しい、てっきり影三クンといられて楽しいのかと思ってたわ」 「私の妻は、君だ」 「そうだったわね」  小さく笑う彼女の頬に触れた、そして指を滑らせて顎を掬う。 「悪い妻だな」 「貴方ほどじゃない」 キャンドル越しに、二人の唇が重なり合う…。 「楽しかったあ」 無邪気に喜ぶ妻に、影三は憮然としていた。「ああ、そうかい」 「何、機嫌悪いの?」 「…別に…」  そこまで呟いてから、影三は硬直した。  不思議そうに、みおは夫の視線の先を見るために振り返る。  視界に入ったのは、友人夫婦の熱烈なキスシーンであった。  日本人ではない彼らは、客観的に見ても、整った容姿であったから、それはまるで映画やポストカードのような華やかさと 美しさがあった。現に、周りのテーブルでも見惚れているカップルが数組ある。 「絵になるね」 妻の言葉に、影三は我に還る。「そ、うだな」 「あの二人…本当に仲がいいね」  楽しそうに呟いて、彼女はちょこんと影三のすぐ隣まで来た。  そして、やはり無邪気ににっこりと笑って「今日は、本当にありがと!」  チュ…と小さく、彼の頬に口付けた。 「…あのな…」  彼は小さく息を吐いて、彼女の肩を抱き寄せる。「そういうのは、俺からだろ。先にするなよ」  彼の言葉に、みおは頬を可愛く赤く染める。  そして、近づく彼の顔を見詰めた後、そっと眼を閉じた…。




Both happily