ニュース速報によると、 ○日にハイジャックされた航空ボーイング○型は、空港に○時に到着予定です。 事態を重く見た両国政府は、犯人の射殺も視野に入れ、事件の早期解決を図るとのことです。 あ、ただいま、犯人の射殺命令が出た模様です。 繰り返します… 「パパ〜外でみんなであそぼーよ」 緊迫感溢れるCNNの特別報道に釘付けのジョルジュに、幼い息子が呑気に声をかけてくる。 遠い空からは、ヘリコプターの飛行音が微かに聞こえてきていた。 『妻と息子が家出をしました-犯人編-』 うららかな陽気の穏やかな自然の中、外にテーブルを出してお茶をしようと、妻と息子は呑気に準備をしている。 ジョルジュの妻は、スコーンやクッキーを焼くのに夢中で、息子たちは、それらをつまみ食いしようと、これまた夢中だ。 「みおちゃん」 テーブルを庭へ出し、真っ白なテーブルクロスをかけているみおへ、ジョルジュは青い顔で話しかける。 「…今から、空港へ行こう」 「え〜今からですか?」 ジョルジュの申し出に、みおはテーブルクロスの皺を伸ばしながら「私、まだ影三を許してないですもん」 …”もん”じゃなくて。 「しかし、このままだと、影三は射殺される可能性が…」 「パスポートもないのに、ハイジャックなんかするからですよ!」 「パスポートを持ってきたのは、みおちゃんだろう」 「電話ででも、一言”俺が悪かった”って言えば良いだけなのに。事態を複雑にしたのは、影三なんだから」 「それができれば、彼はもう少し楽に生きているよ」 「エディさんが何て言っても、私は影三が謝るまで、知らないんだから!」 ぷい!と横を向くみおの言い分も最も……といえないこともないが…だが、事は国際犯罪まで発展してしまったのだ。 CNNによると、犯人の射殺命令は両国の同意待ちとのこと。 一刻の猶予もない。 「みおちゃん!」 さっきから飛びかうヘリコプターの飛行音に負けずに、ジョルジュは叫ぶ。 「と、にかく。影三は、そんな射殺されなければならないほどの犯罪を…犯したけど …でも、そんな反社会的な人間では……国家機密を奪取したけど…しかし…」 「私は、いきません」 「みおちゃんッ!」 彼女の両肩を慌てて掴み、ジョルジュは必死でみおの顔を凝視する。「とにかく、このままだと、影三はきっと化けてでるぞ、 私と一緒に空港へ行こう」 「嫌です!」 「みおちゃん!」 バラバラバラ。 先ほどから響くヘリ音が、一層大きく聞こえてきたかと思うと、あたりはひどい風が吹き荒れる。 不自然な影が二人を指し、そのヘリ音と業風とが合い待った時に、唐突にスピーカーからの声が辺りを賑わした。 『…待てッ!間クン…ジョルジュ、とりあえず、逃げた方がいいぞ!…』 「は?」 聞き覚えのある声に、ジョルジュは空を見上げる。そこには 「あ、影三!」 みおが呑気に呟くが、それはヘリの起動音に掻き消される。 二人の頭上には、機体に赤十字が大きく描かれたヘリコプター、そのドアから半身を出し、 まるでプロのスナイパーのようにライフルを構えるのは、みおの夫である間 影三に間違いは無い。 キン! 何かがジョルジュのこめかみを掠った。いやこれは、火薬の焼きつく匂いからして、間違いなく、銃弾。 「ま、まて!影三ッ!!!」 ジョルジュは慌てて、みおの両肩から手を放して、自分の頭の後ろで組んだ。 つまり、ホールド・アップ。 影三の拳銃の射撃練習に付き合ったことは、何度かあったが、ライフル銃による狙撃の腕も上達させていたとは、驚きだ。 いや、日本は拳銃所持は法律違反じゃなかったっけ? 混乱した頭で色々と考えているうちに、ヘリは近くの野原に降り立ったようだ。 ばき、べき。 小枝を踏みつけつつ、ライフル片手に現れたのは、影三その人と、そして、もう一人。 「影三…く、クロイツェル…」 「ああ、久しぶり、ジョルジュ」 もう一人は、ノワール・プロジェクトのメンバーの一人である、ドクター・クロイツェルであった。 なんで彼が…と言おうとしたが、鬼の形相でライフルを持つ影三の迫力に、ジョルジュは生命の危機を改めて感じた。 「エドワード」影三は言った。「…まさか、あんた…俺が来れないのをいい事に、人の妻を口説くなんて…」 「く、口説いてない!説得していたんだ!」 「みおに妙な入れ知恵したのも、あんただろッ!!」 「ちがう!誤解だッ!!」 その後暫く、のどかなガーデンでは、悲鳴と怒声と銃声が聞こえたと言う。 ■■■ ハイジャック犯の身柄拘束の速報を眺めつつ、ジョルジュは憮然とした表情だ。 「だから、悪かったですよ」 影三は、自分がジョルジュにつけた擦り傷を消毒しつつも「でも、誤解ならそうだと、先に言ってくれれば…」 「君が怒り心頭のときに、私の話を聞いた試しがあったか?」 「まあまあ、ふたりとも」 クロイツェルは、苦笑しながら、二人を宥める。 そもそも、何故にクロイツェルがここにいるのかといえば、説明が少し長くなる。 パスポートを持っていかれたと知った影三は、すぐさま、北海道へと飛んだ。 そして、そこから、漁師を捕まえて、北方四島へと渡る。勿論、この時点で密入国だ。 北海道から、影三はクロイツェルに連絡をとり、そこから彼の助けをかりる。 つまり、ロシアからアラスカ周りで、カナダまで来たということだ。 ドクターヘリを使用しての、密入国なわけだが、これは癌治療の権威と呼ばれるクロイツェルだからこそ、可能だったと言える。 「…じゃあ、ハイジャックは…」 「ああ、あれのお陰で、事はやりやすかったですよ。どこも手薄になってて」 シレっと言い放つ日本人の彼に、ジョルジュは大きく溜め息を吐く。 天才は、何を考えているか、わからない。 「さて、ジョルジュ」クロイツェルは、ジョルジュの腕を掴んで「支度をしてきてくれ。君をウチの病院の研究施設まで連れて行く」 「はあ?」 「そう、間クンと約束して、私はヘリを出したのだよ」 「なッ…!」 ジョルジュは、口をパクパクとさせながら、クロイツェルと影三を交互に見て、そして、 「影三…私を売ったなッ!?」 「人聞きの悪い」 「そうだ、君が日本に言ってばかりで、ロシアに来ないからだ」 「いや、でも、そんな急に…!」 「急じゃない。私は再三、君にロシアに来るように言っている」 「あの、でも、折角、影三がカナダに…」 「そうだ、間クン。はやく、細君との誤解を解いてきたまえ」 「はい。ありがとうございました、クロイツェル博士」影三はジョルジュを見て「じゃあ、エド、風邪には気をつけて」 「か、影三ッ!」 「仕事が終ったら、日本に来てもいいですよ」 「薄情者〜!!」 最もな単語が、カナダの大地に響き渡っていた。 ようやく探し当てた時、彼女は家の裏手にある、花壇の前にしゃがみ込んでいた。 花壇には、赤い薔薇の花が、見事に咲き誇っている。 それは世話好きであるジョルジュの妻が、こまめに手入れをしている成果だろう。 「…みお…」 遠慮がちに、影三は妻の名前を呼ぶ。 先ほどの、ジョルジュに対する傍若無人ぶりとは別人のような、慎重さで。 「その、俺は」 声をかけても振り返らない、彼女の背中に、影三は訴える。「俺は…みおと黒男がいないと…困るんだ」 「どう、困るの」 振り返らずに、彼女が尋ねる。声は、怒っているような。 「……困るんだ…」影三は言った。「二人がいないと…俺は、意味がなくなる…」 「意味?」 初めて、彼女が振り向いた。 5日ぶりぐらいの、妻の顔。 「俺の、存在の、意味」 ゆっくりと影三は言葉を吐き出す。「失いたくないんだ…本当だよ。俺には、みおと黒男が必要なんだ」 「…影三」 「戻ってきて、くれないか」 彼女は、にっこりと笑った。満面に浮かべる、可愛い笑顔。 「仕方がないなあ」彼女は言った。「でも、ちゃんと、人の話を聞いてよね」 「以後、気をつける」 「よろしい!」 ちなみに、ジョルジュが家族の下にもどってきたのは、一ヵ月後の話であった。 (おわる) ※結局、影三は前科何犯なのでしょう(言うな) (このサイトでは)シュタイン博士は影三に惚れているので、 クロイツェル博士はエドワードに惚れているということで(まて) クロイツェル博士は黒男に似ているしね!(そんな理由、いらん) まったくもって、お付き合い、ありがとうございました。