あれは、寒い夜だったと思う。 泣きながら眠りについた妹をベッドに運び、起こさぬように布団をかけてやった。 そして、その泣きはらした瞼に、キスをする。 その小さな頭を撫でて「おやすみ」と小さく告げた。 妹を守らなくちゃ。 その思いが、今の自分の支えであり、そして立ち続ける力だった。 幼い、たった一人の妹。 彼女を守り抜くのが、自分の使命だ、と。 階段を下りていくと、まだ着替えていない父の姿があった。 黒いスーツ。 いつでも静かに笑う父には、その姿は似合わないと思う。 父は、立ったまま、送られてきたカードを見ていた。 数十枚のそのカードを捲りながら、ぼんやりと眺めている。 その姿は、やはり、いつもの父ではないように、見えた。 声をかけようとした時だった。 父のカードを捲る手が止まった。 息を呑み、動きが、止まった。 そして、そのカードを何度も読み返し、読み返し、そして 父の瞳から滴が流れた。 その涙は、見てはいけないものだった。今なら解る。 何度も、何度も読み返し、父はそのカードだけをスーツのポケットへと忍ばせた。 「キリコ?」 階段で立ちすくむのを見つけ、父は声をかけてくれた。 その声は、その眼は、いつもの父だった。 「ユリを寝かしてくれたんだね、ありがとう」 いつもの笑顔だった。そして、こちらへおいでと、父は招き寄せてくれる。 「今日は寒かったね。今、温かいミルクでもいれよう」 「…父さん…」 優しく頭を撫でてくれる手に触れ、そして、そして…。 「キリコ?」 不思議そうに覗き込む、父の顔。 聞いても、いいのだろうか。聞いても、許されるのだろうか。 聞いても僕は大丈夫でいられるのだろうか。 「父さんは…母さんを愛していたんだよね?」 「当然だろう」 即答するその声に、ごくりと息をのむ。「さっき…ポケットに入れたのは、誰のカード?」 「……これかい?」 一瞬だけ、父が強張るのが分かった。 だけど、父はそのカードをポケットから出して、見せてくれた。 「…父さんの…大切な友人からだよ…」 黒い縁取りのある、何の変哲もないカードだった。 手書きで、母のお悔やみを述べる旨が書かれている。 K.Hazama 差出人の名前は、そう記されていた。 「覚えてないかな」父は言った。「何年か前に、日本人の…ここにも遊びに来たことがあったよ」 「日本人…」 覚えている。数回しか会ったことはなかったけど、鮮明に覚えている。 どうして、その人のカードを見て、泣いていたの? 尋ねたかったが、言葉をのみこんだ。 聞けなかった。いや、聞くことが怖かった。 何故だかは分らなかったが。 とても、とても、怖かったのだ。 その尋ねることのできない、小さな疑問が、少年の心の深い部分に沈み込み 小さな傷を作ったことに、恐らく、まだ気付かない。 深い、深い、場所にできた、その傷には。 凍てついた、夜