「偶然ですね!」 大浴場を出て、当然のように女性とも合流し、せっかくなので…ということで、4人で夕食を とることになった。その提案をにこやかに同意しつつも、陰で泣いているのは、カナダ人と連れの男。 地元の港で、その日にとれた魚介類を、天然のものにこだわってしつらえた御造りや、 やはり地元でとれる郷土野菜をふんだんに使った、郷土料理。 どれも小京都と呼ばれるこの地方に相応しく、上品で繊細な和風料理ばかりであった。 本当に純和風料理ばかりなので、影三は少し心配ではあったが、ジョルジュはどれも、 うまい、うまいと、これもまたいつの間に使えるようになったのか、箸をちゃんと使用して 食しているのには参ってしまう。恐らく、相当練習したに違いない。 「間さんたちは、ニューヨークから来たんですか」 連れの男---恭也と言う名前らしい---は、驚きの声をあげる。「間さんは、いつからニューヨークに?」 「子供の時から住んでいるんです」と、影三。「母が日系3世で、日本人の父が亡くなったのをきっかけに」 「で、ニューヨークの大学ですか!?すごいっすね!」 「たまたまですよ」 苦笑しつつ、影三は答えた。 特にこの国ではそうなのだが、ここでは母国語以外の言葉を日常レベルで会話可能なことが、それだけで 驚かれる。影三は、日本語の他に当然ながら英語と、あとは独逸語が会話可能だ。 それだけで、なんだか特別視されるのが、少し苦痛だった。 やはり自分は、この国に戻ってきたとしても、どこまでも異邦人扱いになるだろう。 この国を『母国』と呼ぶには、影三には遠すぎた。 上品な食事を終えると、食事処の女将らしき女性が、バーもありますのでと、教えてくれた。 時間にしてまだ宵の口にも早かった為に、館内のバーへと行くことになった。 奥まった場所にあったそこは、そこだけが洋風の造りになっていて、ホテルのロビーのような 開放感があり、奥にはバックバーとカウンター。それほど広くはないが、落ち着いた雰囲気の場所だった。 だが、 そんな場所に、浴衣を着こなしたガイジンがいると、自然と人目につくらしい。 普段から人当たりが良くて、自然と人を惹きつけるジョルジュの隣には、それこそいつの間にか数人の 見知らぬ人間が集まっていた。それも、若い女性ばかり。 「…もてますね…ジョルジュさん」 ビールを飲みながら、恭也はぽつりと呟いた。「羨ましい」 「そんなオーラが出ていますよね」 ウーロン茶を飲みながら、香澄も静かに言った。「本人の意識に関わらず」 集まっているのは、ミーハーな女性ではないのはよくわかる。 日本人でも、流暢な英語で熱心に話し掛けてくる女性だった。 丁寧にジョルジュが断ると、今度はブロンドの白人女性。 「影三〜」 入れ替わり立ち代り現れる女性に、助けを求めるように名前を呼ぶが、 「知りませんよ」呼ばれた本人は冷たい。「自分でなんとかして下さい」 「ジョルジュさんは」と、恭也。「やっぱりアメリカでもモテるんですか?」 「そうですね、あんな感じです」 半ば投げやりに、答える。 男性が女性にモテる、大いに結構ではないか。羨ましい限りではないか。 そう思いつつ、影三はグラスを一気に煽った。 影三が飲んでいたのは、低アルコールの日本酒。すすめられたのだ。確かに咽喉越しがよく、 果実酒のような味わいだった。が、低アルコールとはいえ、度数は7〜8%。 ビール一缶で撃沈する彼は、当然の結果、真っ赤な顔で潰れてしまった。 「大丈夫ですか?間さん」 「影三?」 心配そうなジョルジュの顔に、大丈夫と呟いて、眠りに落ちそうになる。 恭也は「お手伝い、しますよ」と、影三の腕をとろうとした。が、 「No thank you」 ジョルジュはにこやかに、しかし、はっきりと告げた。 簡単な英単語で礼を述べて、ジョルジュは酔いつぶれた彼を背負って部屋へと戻る。 「…なんか、俺、悪いコトした?」 恭也の言葉に、香澄はくすくすと笑いながら「そりゃあねえ…」と教える。 「大事な片思いの相手を横取りしようとする、恭ちゃんが悪いわよ」 「横取りって…」言ってから、唖然と口がふさがらない。「……え?…片思い……?…ええ!?」 そんな彼の姿をみながら、香澄は「それ、ちょっと大袈裟すぎない?」 「だって!!」と、恭也。「だって…そっか…本当に多いんだな、ガイジンのホモって」 「それ、偏見」 嗜めるように、香澄は「いいじゃない。人の恋路にどうこういう権利なんてないわよ」 「……でも、間さんて、どーみても、男だろ-」 「漫画じゃないんだから、べつに、女の子みたいな美少年ばかりが対象ってわけじゃないんでしょう」 「……納得がいかない……」 「恭ちゃんが納得しなくたっていいんじゃないの」 そう、別に当事者じゃないのだ。特に納得しなくったっていいと思う。 「…香澄には、どう見えたの」 呟くように、彼は尋ねた。 そうね。…少し間をおいて、口を開く。「…綺麗よ、とても男性とは思えないぐらい…キラキラ輝いていた。 あんなに綺麗な想いは、なかなかお目にかかれないよね」 「ふーん」 それでも、納得できないという顔で、恭也はおかわりを注文する。 部屋にたどり着くと、和室の中央に二組の布団が敷いてあり、びっくりした。 いつの間に敷いていったのだろう。 まるで忍者みたいだ(笑)と思いつつ、ジョルジュは布団の上に彼を下ろす。 彼の浴衣を持ってきて、耳元に話し掛けてみた。 「影三…ほら、浴衣、着るかい?」 「ん…」 うっすらと瞼を開けて、彼は小さく頷いた。 「上のシャツ、脱がすよ」 こくん。言葉に子供のように影三は頷く。 厚手のネルシャツのボタンを外していく。彼はされるがままだった。 半ばまでボタンを外した時、彼がシャツの下に何も着ていない事に気づいた。 寒がりな彼だ。素肌にこの薄い浴衣を纏えば、風邪をひきそうな気がする。 少し迷って、ジョルジュは自分の鞄から、自分の替えのTシャツを持ってきた。 いくら親しいとはいえ、彼の鞄を勝手に漁るのは、気が引けた。 ボタンを全部外し、彼の上半身を抱き起こした。 「ほら、着替えるよ」 「…うん…」 眠たそうな声で、彼はシャツから腕を抜いた。「…さむい…」 「ほら、Tシャツをきて」 「…うん…」 頭からシャツを被り、のろのろとそれを着る。少し大きめだが、この際仕方がない。 「浴衣、着るだろう?」 「…うん…」 子供のように頷く彼に、浴衣を着せてやる。 みようみまねで前を合わせて、そっと横たえてやった。 そして、横たわる彼の腰に帯をまわし、これもまた、見よう見真似でなんとか結ぶ。 「影三」軽く頬を叩きながら「ほら、ズボンも脱いで」 「…ん…」 のろりと身体を起こして、彼は浴衣の合わせから手を入れて、ズボンを脱ぎだした。 合わせから見え隠する彼の生肌が、視界に入り、ジョルジュは慌てて視線をそらす。 ポイっとズボンを脱ぎ捨てると、彼は、コテン。と横になった。 「影三?」 驚いて、思わず名前を呼ぶが、本人は安らかに夢の中。 知ってか知らずか、彼はジョルジュの膝を枕代わりにしていた。 胡座座りをしているジョルジュの膝に、頬を擦りつけるようにして眠る。 まるで猫のような仕草に、小さな笑いが漏れた。 安心して、くれているのだろうか。 信用して、くれているのだろうか。 掛け布団を捲り、眠る彼を抱き上げて、そっと布団に横たえる。 身体に下に入った手を抜こうとした時だった。 「…待って……まだ……」 舌たらずな口調で、彼がその手を掴んだ。 弱弱しく、振り払えば簡単に外れそうな彼の温かな手。 まるで幼子が頼る存在を逃すまいと、掴んでいるような。 夢を、見ているのだろうか。 「大丈夫」その手を握り返し、小さく囁いた。「私は傍にいるよ、影三」 「……うん……」 彼は瞳を閉じた。安心して、くれたのか。 その手を離さないように、彼の横に身体を横たえて、同じ布団を被る。 きっと目が覚めたら、君は激怒するんだろうな。 それは容易に想像できたが、それでも今は、この手を離すことはできなかった。 時々。 そう、君は時々、こうやって静かに、甘えてくる事がある。 それは本当に微かに、恐らく無意識に。 頼れる肉親のいない彼は、しっかりとした意思で、自分の足で立ちつづけている人間だ。 曲がる事の無い、芯の通った精神力。 それは天才と呼ばれる故の精神構造からか。 でも、それでも。 ふと、目が覚めた。 木造の天井をぼんやりと眺めながら、そういえば、ここは米国ではなかったな…と思う。 ちらりと横目で見て、ギョッとした。 近い位置にある寝顔。明るい月明かりに照らされる彼の灰銀の髪が、綺麗だと思う。 何度か、何度も目を閉じたが、意識は鮮明なまま、沈む事は無かった。 眠る事を諦めて、影三は布団を抜け出した。 握られた右手をそっと放して。 浴衣を調えて、暗い廊下から庭園へと出た。 まだ夜の時間だったが、満月のせいか仄かに明るかった。 部屋から持ってきた煙草を咥え、火をつける。 静かに紫煙を燻らせながら、空を見上げた。 暗い、黒い空は、ドコも変わらないようで、独特なものがあるようにもみえる。 「間さん?」 不意に背後から聞こえた女性の声。 「やっぱり、間さんだ」 それは、香澄の声だった。 「ダメですよ、ちゃんと休まないと」 「間さんだって、煙草」笑いながら、香澄は「お医者さんが喫煙したら、ダメじゃないですか」 「滅多に吸わないからいいんだよ」 それでも、携帯灰皿に煙草を押し付けて、しまい込む。 「浴衣着たんですね」 「…ええ」 そう言えば、自分で着た記憶はない。と、影三は改めて思う。 「間さん」 ふと名まえを呼ばれ、彼女が手に触れてきた。 刹那、触れられた手から、何かが弾けたような感覚。 まただ。 「…やっぱり…」 手を離しながら、香澄は目を伏せた。「…間さん…もう、頼る人は自分自身しかいないんですね」 「え…」 予期せぬ彼女の言葉に、ぎくりと背中に緊張が走る。 何故、どうして彼女はそんなことを言うのか。 強張る表情をする影三に、彼女はゆるりと笑ってみせた。 「突然、済みません」彼女は言った。「私…占い師の家系なんです」 「うらないし?」 「そう」 やはり、ゆるりと笑い、彼女は目をもう一度伏せる。「日本では結構有名でなんです。今度、兄が父の跡を 世襲する筈だったんですが、父の占いの結果…私が後継ぎになってしまって…」 有無を言わさぬ、決定。 その直後に発覚した、心臓の病。 「想定外もいいところですよ、世襲も、病気も」 がんじがらめの世界だった。息も出来ないぐらいに、縛り付けられるような。 それで、一つのカケに出たのだ。 「占い師は自分の運命を見ることができないんです。自分の運命を見るには、自分と同じ運命を持つ 人物を探し出すこと」 「自分と同じ…?」 蘇る感覚。さきほどの、弾けたような。 「さすがに、勘がいいですね」 そして、寂しそうに香澄は笑って見せた。「間さん、天才って呼ばれるほどなのに…貴方の道は決して 平坦じゃない。…貴方は……」 言葉を切り、そして告げた。「貴方は、それでも、この道を行くのですか」 縋るような眼差しは、不安に揺れている。 その眼差し。君は一体、何をみたの。俺と俺を通した自分の運命の果てに、一体、何を見たというのか。 でも「それでも、俺は自分の道を行きますよ」 最初から揺らぐ筈の無い決心。 「そうですか」 その言葉を待っていたのか。 他の言葉を待っていたのか。 それ以上、影三は何も言わなかった。聞かなかった。 聞くこともできたのに、彼はなにも聞かなかった。 「聞かないの?」 「何を?」 「普通、聞きますよ、自分の運命を」 「あー」ぽりぽりと影三は頭をかきながら「興味ないな。そんなの知ったら、研究が成り立たなくなる」 それに…そう言い掛けた時だった。 「影三!!」 「香澄!!」 男性二人の怒声が、静寂を思いっきり乱した。 そこには、肩で息をするガイジンと日本人。 「香澄!勝手にいなくなりやがって!心配しただろ!」 「影三!!私がどれだけ心配したか!!」 「ご、ごめん、恭ちゃん」 「済みません…エド…」 二人の謝罪の言葉と、二人の説教の言葉がそれぞれの言語で明け方まで続いたという。 「あ〜気持ちいい〜」 満面に笑みを浮かべながら、部屋に備え付けの露天風呂に入る。 空は朝日が差し込み、実に気持ちのいい朝風呂だった。 「か〜げ〜み〜つ」 上機嫌の影三に対し、珍しく不機嫌丸出しのジョルジュは、じと〜と彼を見る。 「…上機嫌だね」 「そりゃあ」と、影三。「露天で朝風呂なんて、最高ですよ」 「…それだけかい」ジョルジュは小さく呟くように「夜中に、あの子とデートできたからじゃないだろうね」 珍しく不機嫌丸出しの、ジョルジュ。 自分に黙って、香澄と会っていたという事実が、どうしてもひっかかるらしい。 「偶然ですよ、偶然」 何度目かの科白も、ジョルジュの不機嫌を溶かすまでには至らない。 要するに、彼は拗ねているのだ。 まったく。 自分は女性にモテるくせに、と思うのだが、それとこれとは別問題らしい。 「ほらほら、背中流しますよ」 ボディスポンジを持って、影三は声をかけた。 彼の精一杯のご機嫌取りだろう。 「じゃあ、よろしく」 笑って返すと、彼はホッとしたような表情をみせた。 せっかくの旅行だ。細かい事は水に流そう。 あと二泊。楽しく彼と過ごそう。 そう、心から願うのだった。 (おわる) ※ああ!枕投げが入りませんでした!!なんか、妬いてばかしの二人でしたね… こんなんでも、貰ってやってください!! リクエストありがとうございました!!!