シェスター・スタントンの名は知っていた。
有名だからではない。奴が製薬会社の表の顔になる前から。
自分が薬剤を使用して安楽死を施すのを生業にしているから、というのも違う。
それよりも、ずっと、ずっと昔から。
奴は、エドワード・ジョルジュという医師にしつこく張り付き、
そしてBOPウィルスを強引に薬品化させた男。
名前どころではないか。私はよく知っている。
何故なら、エドワードは自分の実父だから。


 浴室の外闇を覗く彼は、まるで死人のような顔をしていた。
 まるで黒く塗りつぶされたかのような背景に浮かぶ、鏡の世界。
 そこに映る光景を眺めながら、彼は憑りつかれたかのようだった。
 いや、実際彼は憑りつかれている。
 彼の恩師に、愛する母に、そして父親に。
 君は、その奇跡の腕でたくさんの生命を救い上げるのに、自分が愛する家族を助けることができない。
 生命は皆平等だというのは嘘だ。
 誰だって、自分の家族を、血を分けた家族を、真っ先に助けたいに決まっている。
「お前、亡霊に憑りつかれているみたい」
顔を引き寄せ、彼の薄い唇に喰らいついた。
湯に浸かっているのに、彼の体が、ふるりと震える。
 馬鹿馬鹿しくなるぐらいに、甘い口付けだった。
 唇を離すと、彼は小さく細く息を吐いた。
その首筋に唇をよせると、彼はいよいよ驚いたように、目を見開く。
「ちょ…と、まて、キリコ!」
抗議の声を無視して、その首筋を何度も吸いながら、空いた片手で彼の平らな胸に触れる。
「…な…っ!」
軽く彼の乳首を引っかく。そして優しく捏ねると、唇をキュッと閉じ、彼はきつく瞳を閉じた。
その表情。
無言で彼の裸体を強く抱きしめた。
冷え切ったような、それでも温かい人間の体温。
「先生」髪に半分隠れている彼の耳に、小さく囁いた。「ねえ、抱いてもいい?」
「は?」
パッと紅い瞳が瞬いた。
そんなに可笑しな言葉を吐いただろうか。まるで鳩が豆鉄砲を喰らったかのような、マヌケな表情で
ぽかんと、私を見上げている。
いや、確かに、可笑しな事を言ったか。
「いいの?」
まあ、言ったか。だが、その事はどうでもいい。
まあ、どうでも良かった。
 彼の頬がかァと紅潮する。
 その表情が本当に可愛いと思う。
 いや、愛しい、と。
彼のその身体を抱き上げると、そのまま浴室を出て、バカでかいベッドへと運んだ。
勿論、二人の体はお湯で濡れたままだが、完璧な空調のお陰で寒くはない。
ゆっくりと、確かめるように、その全身に散る縫合痕をなぞり、口付けた。
彼の恩師が彼に残した、その痕。
この生命が、彼をこの世に繋ぎ止める為に施した、その痕は、
彼の心までもどこかに縫いとめているようで。
丁寧に、丁寧に確かめるようになぞる指先は、まるで恋人同士の愛撫みたい。
ああ、確かに愛しいと思う。
でもそれを告げたなら、この男はきっと。
「う…キリ…」
耐え切れなかったのか、小さな声を漏らす。
告げたなら、きっとこの男は、粉々に砕け散る。
「もう、我慢できない?」
「……うる…さい!」
「素直じゃねえなあ」
 憎まれ口を叩くその唇を塞ぐ。
甘ったるく。この上もなく優しく。
珍しく、彼はそれを静かに受け入れた。
ああ、まるで二人、恋人同士みたい。
 低刺激のローションを手にとり、彼の後孔を潤す。
その感覚に、彼は小さく震えた。
似てないよ。似てないよ。
先程の自分の言葉を、繰り返す。
だって、君は君だ。他の誰でもない。
 指で慣らした後に、彼の両足を持ち上げて、ゆっくりと挿入する。
 その圧倒的な刺激に、彼は声をあげた。
シーツに爪を立てて、その刺激に耐えているが、彼の性器はこれ以上にないぐらいに勃起している。
「感じる?気持ちいい?」
あえて尋ねると、一瞬だけ、紅い瞳がきつくなる。
だが、それは本当に一瞬だけ。
「俺は、最高の気分だけど」
素直に感想を告げると、その紅が鮮やかに情欲に濡れた。
ゆっくりと動き出すと、彼の呼吸がそれにあわせて、短く、早くなっていく。
ぐちゃぐちゃと、ローションが彼の内部で音を立て始めると同時に、その動きを変えた。
強く、早く、まるで突き上げるように。
「あっ…あっ!キリ…はや…い…!」
「…そうだな…」息が上がる。それでも動きは止められない。「…でも…気持ちいい…だろ?」
「まて…っまだ…まだ!」
「待てない」
あっさりと切り捨てて、彼の性器を数度剥くと、それは呆気なく吐精した。
「…っあああ!」
全身が緊張し、後孔がキツク締め上げるが、それでも萎えない性器で、再び律動を開始する。
「あ…あっああっ!」
快楽が去る前に与えられた、その刺激に、彼は最早言葉も出せずに、ただその快楽に声をあげ続けていた。
それで、いい。それが、いい。
その可愛い声が聞きたい。最も原始的で、最も淫らで、官能的な。
もっと、もっと聞かせてほしい、君のその声を。
その熱い、熱い、君の声が、俺の冷えて凍りついた身体を熱くする。
二人は恋人同士ではない。
そうではないけど、だけど、俺には君の存在が……。





 


 目が覚めると、死神は部屋にはいなかった。
 衣服を身に着けると、急いでバート病院へと向かう。
 昨夜、一度も連絡を入れていなかった。
携帯電話に着信がないところをみると、恐らく大丈夫だとはおもうが。
「ああ、おはようございます、ドクター・ブラック・ジャック」
特別室のある階のナース・ステーションに院長はいた。
だが、その表情は少し強張っていた。
それをみて、BJは俄かに緊張する。
「いえ、容態は安定していますが…」
院長は辺りを見回しながら「先生、今朝のニュース、ご覧になりましたか?」
「ニュース?」
訝しげな表情のBJに、院長は「実は」と切り出す。「KS-ヒルトンの軍病院との癒着が発覚して…他にも色々と…
スタントン氏は、今朝、捜査局に連行されました」
「な、んだって?」
 あ。と思い当たる。これは、もしかして死神の仕業ではないだろうか。
 目的は分からないが。
いや。と、BJは思い直す。
もしかしたら、自分とスタントンを二度と引き合わせない為に?

『似てねえよ』

昨日の死神の言葉を思い出す。
そうか、俺は父には似ていない。だから、だから。
「あら、先生。おはようございます」
のんびりと、車椅子を押されながら、院長の母がにこやかに現れた。
「ねえ、先生、みて」
貴婦人は、やはり優雅な仕草で、窓の外を指差した。「素敵なコンサートがあるのよ」
「コンサート?」
「ええ」貴婦人は言った。「ほら、あそこの公園。白銀の天使が演奏してるの。とっても綺麗よ」
「白銀の天使?」
 その単語に惹かれ、BJはその指先のある窓を見下ろした。
 公園の中央。
 何人かの観客に囲まれながら、バイオリンらしき楽器を奏でる男が見えた。
 その髪は美しい白銀。
「フォーレのレクイエムね」
美しい声で、貴婦人は独り言のように、言った。「第三曲のサンクトゥス。素晴らしい弾き手さんね」
まるで、天使だわ。
 その呟きに、BJはその紅い瞳を閉じた。
 知っている。自分は知っている。
 今バイオリンを奏でているのは、天使ではなく、死神。
 人の生命を奪い、最後の一呼吸をその腕に抱えて奏でるその旋律は、なんて美しく、そして残酷なのか。

『俺、まだ2,3日いるから』

もしかして、この為に、君はここにいたというのか。
総てが始まったここで。
そして、彼らの生命が散っていった、この時に。
「先生?」
のんびりと、貴婦人は言った。「あらあら、この演奏に感動したの?」
その言葉は、BJには届かない。
一筋。その紅い瞳から、涙が零れ落ちていた。
ああ、なんて彼は優しい人間なのか。
これは、この曲は、俺と、君の父親に捧げられたレクイエム。
俺と、君の為だけの。



『鎮魂歌』



※モモも申し訳ありません!!!
素敵なリクでしたのに!や、優しく…かまっていると思うのですが…うわああ!いかがでしょう…甘くなくて、本当にすんません!!もう、キリコ、あんた父親に『優しくかまう方法』を習ってこーい!!(←責任を押し付けるな!)こんなんなりましたが、もらって下さい…。リクエスト、ありがとうございました!