SS『息子へ(伝えらることない、物語)』
[ 01 :郵送されることのない手紙 ]

 滑稽だと、貴方は笑いますか
 永遠の命など、そんな御伽噺に過ぎない幻想を追い求めている、私が。
 医学が死をコントロールし、命を永遠という時間の中に放りこむことを、
 貴方は、馬鹿げていると、嘲笑しますか。

 だけど、私はそれを追い求めたかった。追求し、実現させたかった。
 やせ細った妻の手が、力を失う瞬間を、私は味わいたくなかった。
 愛する妻を殺される悪夢を、彼に味合わせたくなかった。
 永遠の命を、死を、コントロールできれば、私は、そして彼は
 愛する妻を亡くすことがなかった。

 エゴイストか
。  死を冒涜している気はない。ただ、私は非力で、そして臆病だった。
 死に立ち向かう妻の方が、まるで男らしい。
 愛していた。
 愛していた。
 だから、君の死を、みたくはなかった。

 息子よ。
 お前は嘲笑うか、こんなにも脆弱な私の心を。
 ああ、そうだ、私は臆病なのだ。
 罪に苛まれ、愛する者を誰一人救うことができない。私は、愚か者だ。

 

 私は、脆弱な、愚か者か。
[ 02 :届くはずのない、気遣い]

「あ…」
 彼の声に、ジョルジュは思わず処置を施す手を止めて、彼を見る。
 声を漏らす彼の視線の先は、大きな窓だった。
「どうした」
 点滴の針刺し、速度を調節し、改めてジョルジュは尋ねる。
 彼はベッドに横たわったまま、視線を窓から外さない。
「…雨…が」
「雨?」
「ええ」彼は、呟くように、言葉を繋ぐ。「寒そうだな…って…。傘を」
彼は言葉を切り、視線を天井に戻した。
そして、小さく声を震わせて、言った。
「傘を持っていったかな…と、思って…」
「…そうか…」
 優しく、ジョルジュは答える。
 彼は、思いを口に出したことで、憔悴しきった表情だった。
 
 思いを口にするだけで こんなにも苦しむ彼に 言葉など無力だ
  

 
 
  2010.5.23再掲載