間 影三は酒に弱い。ビール2杯程度ですぐに眠ってしまうのだ。 だが、最近は酔い方が変わってきた。 ビール3杯程度で眠ってしまうのは変わらないが、眠る前に彼は勝負を挑む。 いわゆる『勝負上戸』になったのだった。 勝負上戸 「そこまで言うなら、受けて立ちますよ!」 そこは、学生御用達とも言えるバー。 ジョルジュとジョルジュのいる研究室の学生、影三と影三の所属する研究室の助手の数人で飲みに行くことになったのだ。 それは、まあ構わない。構わないのだが。 「へえ〜、ハザマ、俺に勝てると思ってるわけだ」 アルコールのせいで目の据わる学生は、ろれつのあやしい口調で挑発する。「悪いけど、俺は伊達に経験を積んじゃいねーんだぜ」 「俺だって」影三の目も完全に座っている。「絶対に負けませんから!」 二人の学生は、赤い顔で睨みあう。 決して普段は仲が悪いわけではない。だが、そこはさすが20代。 さほど摂取しているわけでもないのに、すっかりアルコールの特性に飲まれてしまったようだ。 おかげで、冷静と呼ばれる学生も、天才と呼ばれる学生も、ただの聞き分けのないガキのように見える。 「…二人とも、酒癖が悪いな」 ぽつりと、助手のジェインが呟いた。「これだから、若い奴らは…」 「若気の至りって奴だな」と、ジョルジュ。 ビールでここまでアルコールにしてやられる学生を尻目に、30代の助手同士は、すでに自分の好きなアルコールを楽しんでいた。 ジェインはカクテルの2杯目を頼み、ジョルジュはモルトを注文する。 「ジョルジュは酒に強いな」 「ええ、結構、なんでも飲みますよ」 助手二人がしんみりと語り合っている横で、学生二人はヒートアップしていた。 「俺に勝てる根拠は?」 「実践で証明しますよ!」 「おもしれー」 学生は、がっしりと隣に座るジェインの腕を掴んだ。「じゃあ、俺はドクタージェインで!」 「じゃあ」影三も隣の彼の腕を掴む「俺はドクタージョルジュで!」 「「は?」」 話の内容がわからない助手二名は、とてつもなく嫌な予感に襲われる。 「先に嫌がれた方の負けだな」 「負けた方がテクなしってことですか」 「ちょ…」ジェインは酒を飲んでいたにもかかわらず、青い顔で「まて、冷静になれ」 だが、学生二人には、そんな言葉は入らない。 「go!」 掛け声と共に、学生二人が、助手の男にキスをする。 要は、どっちのキスが上手かという勝負のようだった。 断っておくが、この場にいる四人はゲイではない。 (まあ、ジョルジュはそうとも言い切れないが) それだというのに、酒の勢いとは、恐ろしい。 ジェインはそうとう抵抗して、学生をなんとか引き離そうと必死であった。 だが、ジョルジュの方は。 「…ん…」 腕を掴む手も、その唇の柔らかさも、閉じた瞼も、総てに煽られてしまいそうで、慌てて彼を引き剥がそうとした。 だが、歯列を割り、甘やかに侵入してくる舌先に思わず力が抜けてしまう。 彼とキスしたことは確かに何度かはある。だが、こんな濃厚なものは、ない。 甘えるように摺り寄せる彼の体と、角度を変えて深さを増す口付けに、アルコールの力も手伝って、理性が吹っ飛びそうになる。 それでも辛うじて残る理性で、なんとか彼を引き離そうとする。 が、彼はその腕をジョルジュの首にまわし、優しく耳に触れてきた。 やばい。彼の手の動きやその口付けに、ジョルジュは本気で焦りだした。 勝負を受けただけあって、意外なことに彼はキスが巧かった。 「…んん…ふ…」 唇の角度を変えるたびに、彼の口からは淡い声が漏れる。 やばい。これは本当にヤバイ。 ありったけの理性を総動員させて、ジョルジュは影三を自分から離すことに成功した。 「俺の勝ちですね!」 「…くそ!」 学生二人の間で、勝敗は決まったようだ。 脱力して、ジョルジュは椅子にぐったりと腰掛ける。 まったく、人の気も知らないで。 ■■ バーでの飲み会の最中に催されたキステク大会。 見事に勝った上機嫌の影三の肩を背負い、ジョルジュは彼の自室へと向かう。 アルコールにあまり強くない彼は、あの後もビールを飲み、最早意識朦朧だった。 支えなければ、一人で歩くことも出来ない。 「こえで、5人目らんですよ!」 不意に、自慢気な声で影三は笑った。 「何が、だ」 「ほかんとこの、学生に勝ったのらですよ!」 「…なんだって?」 剥き出しの鉄階段を登りながら聞いていたが、思わず歩みを止めて彼に尋ねる。 その表情は、ない。 だがそれには気づかず、赤い顔で無邪気に笑いながら、影三は「俺、一番なんすよ!じゅんかんきの中れ!」 「影三」ジョルジュは再び歩く。「こんな勝負、何度もしているのか」 「そうれすよ!」 影三の自室についた。彼のポケットから鍵を取り出して、ドアを開ける。 暗い室内に入ると、ジョルジュは静かに言った。 「私と勝負しないか」 「え?」 突然の勝負申し入れに、影三は鳶色の瞳を瞬かせる。 普段の彼であったなら、ジョルジュの声がいつもより低く、表情がほとんどない事に気づくだろう。 「私に負けたら、他の連中と勝負するのは止めるんだ」 「いいれすよ!」 だが、それらの微かな変化に彼は気づけず、元気よく答えるでいた。 そんな彼の顎を乱暴に掴み、ジョルジュは彼に唇を重ね合わせた。。 薄く開いた下唇を吸い、何度も啄ばむように唇を舐めその舌先をするりと歯列をなぞった。 手が顎から離れ、首筋を撫でて後頭部をホールドする。 「…ふ…うん…」 漏れる淡い声に煽られるように、ジョルジュは彼の背を壁に押し付け、唇の角度を深めた。 上顎を執拗に刺激し、彼の両足の間に左足を割り込ませて僅かに擦りあげた。 「…!…は…」 ぴくりと、影三の体が反応する。甘い疼きに肌が粟立った。 押さえつけてくる体を押し返すように、ジョルジュの胸を押すが、その片手を絡め取られた。咽喉の奥まで貪られて、体が熱くなってゆく。 「う…んっ…!…」 唇の端から、唾液が伝い落ちる。 弛緩する体はアルコールの特性も手伝って、理性を甘く溶かしてゆくようだった。 後頭部をホールドしていた手が、いつの間にか腰に絡まり、ぐいっと引き寄せられる。 「…ん…!ぁッ…!」 両足を割る左足に擦られて、びくんと腰が跳ねる。 擦られた股間が熱くなり、心臓が早鐘を打った。 ジョルジュはゆっくりと、名残惜しそうに唇を離す。 熱とアルコールで惚けた表情に彼は、色づいた眼でジョルジュを見上げる。 細く開いた口からは、熱い吐息が漏れ出ていた。 「…どうだ、影三」 ジョルジュはその耳元に低く囁いた。 「参り…ました……」 「分かれば、よろしい」 ジョルジュは笑って見せた。まるで、悪戯が成功した子どものように。 次の日。 学生二人は、ひどい二日酔いで昨夜の事を何も覚えておらず、ジョルジュは密かに安堵していた。 だが、何故かドクタージェインにだけ、ゲイの噂がたったのだという。 (おわる)