「え?パパが一番よろこぶプレゼント?」
幼い息子の質問に、彼女は笑って視線をあわせるためにしゃがみ込む。
父親にそっくりな、灰銀の柔らかな髪を撫でながら「そうねえ」と言った。
「一番って言えば、日本に行くことかしら?」




Father's Day






「…と、妻がキリコに言ったらしくて」
「----『らしくて』って…」
 6月の第三日曜日。快晴。
 世帯主である間 影三は、ドアを開けて絶句した。
 ドアの向こうには、友人一家が立っていたのだ。
「あら!意外と早くきたのね!」
背後からの妻である、みおの声に「…みおは知ってたのか?」
「昨日電話があったの」
「丁度、飛行機に空きがあったから!」と、ジョルジュの妻である、メアリ・ジョルジュ。
飛行機の空きがあったから…という理由で突然くるだろうか。
この一家の住いは、カナダだ。ちょっと遊びに行くからね、という距離ではない。
「よかったわね!」と、みお。「今日中に来れるか、心配してたのよ」
「来るわよ!全財産を叩いてでも!」
「あの…」
話についていけない影三が声をかけると、メアリはくるりと影三の方を向いた。
「さあ、さっさと二人で散歩でもしてきて!」
「え、あの…」
「きっかり2時間後に戻ってきてね!」
早口に告げられると、さっさとドアは閉められた。
ばたん。
「諦めろ、影三」と、ジョルジュ。「彼女を止めることは、神にだってできないさ」
「それは知ってますけど」
 ジョルジュの妻は行動力がある女性で、おまけに、こうと決めたら8割方話を聞かない。
 しかし、だからといって、2時間。その間、自宅を追われることになるとは、思わなかった。
 仕方なく、二人は近所の公園へと足を向ける。

 その背後。真剣な表情の少年二人が、父親の跡を追跡していた。
「きづかれたら、だめだぞ、きいちゃん!」
「うん。くぉちゃん。わかってるよ」
電柱の物陰から伺いながら、二人は頷きあった。
二人の任務は、この2時間自分の父親を見張ること。
特に、黒男の父親に関しては、休日に呼び出しされたら、それを阻止することも含まれていた。
「そうだ」と、黒男は笑って「こーどねーむきめよう!」
「こーどねーむ?」
「うん!パパにみつからにようにひみつのあんごう」
「いいよ」と、キリコ。「なににしよ?」
「うーん」
黒男は腕組みをして、小さく唸る。「きいちゃんは〜〜〜」
「くぉちゃんは、”ぶらっく”は?」
「ぶらっく?」
「うん。えいごで、”くろ”のことだよー」
「へえええ!」黒男は満面に笑顔を浮かべて「そうする!おれ”ぶらっく”ね!」
「ぶらっくー、じゃあ、ぼくは…」
「きてぃ!」
「ええ!?」
黒男の口からでた、女の子の愛称に、キリコは目を真ん丸くした。「なんで”きてぃ”だよ」
「きいちゃんだから!」
回答は単純明快だった。そんな女の子の愛称は正直嫌だったけど、だけど
「いいよ、ぼくは”きてぃ”だ」
「”きてぃ”と”ぶらっく”だねー!」
嬉しそうに黒男は笑う。つられて、キリコも笑った。
君がつけてくれたなら、キティでも悪くないと思う。

「二人とも、嬉しそうだね」
立ち止まって、振り替えりながらジョルジュは言った。
「…あれじゃあ、尾行にならないだろ」
「楽しそうだし、いいんじゃないんですか?」
 電信柱の陰でクスクス笑う少年二人。父親からは丸分かりだった。
 無邪気に笑う息子に、知らず知らずのうちに頬が緩む。
「でも」と、影三。「あと1時間半も…戻ったら駄目ですかね」
「ケーキを焼くとかいってたな」と、ジョルジュ。「途中で戻れば、確実に半殺しだ」
「……」
「……」
予想される惨劇を頭に思い浮かべ、二人の顔色は悪くなる。
「ま、つもる話でもしないか。影三」
「…そうですね」
電柱を見ると、二人は姿を隠していた。尾行再開されたのだろう。
「どっかで缶コーヒーでも買えないか」
「ああ、だったら、そこを曲がって…」

「いくでごじゃるよ、きてぃ!」
「いえっさー!」
とっくに気づかれていることを知らない少年二人は、父親の尾行を遂行していた。


 Father's Dayパーティーまで、あと1時間。

(おわる)