世帯主である間 影三は自宅の玄関を開けて、絶句した。
 いや、ドア自体はいつもと変わりなく、鍵を鍵穴に差込、捻ると、鍵は開いた。
 開けるのも、普通に開いた。
 絶句した原因は、室内にあった。
「おかえり!影三!」
 出迎えてくれたのは、彼の愛する妻である、みおだ。
 彼女は可愛い、夫の贔屓目でみても、近所の奥様方よりも、若くて愛らしいと思う。
 性格も、いい。彼女はいつもニコニコと笑みを絶やさず、明るく振舞ってくれるので、こちらも気持ちが晴れやかになる。
 ただ。
 そんな素敵な妻である、みおに、ただ一つだけ困ったところがあった。
 それは、彼女が筋金入りの『天然ボケ』だということだった。
「み、…みおッ!!?」
 出迎えてくれた愛らしい妻を見て、影三は絶句した。
 いや、絶句しただけではなく、頬が紅潮し、はっきり言って、妻を直視できなくなった。
「へへへ」そんな夫の前で、みおは笑って言った。「ねえねえ、似合う?似合うかな-?」
 嬉しそうに披露してくれたのは、恐らく衣装だ。
 彼女は、寅柄のビキニを身に纏い、足には寅柄のレッグウォーマー。そして、頭にもご丁寧に角が二本。
「かッ!風邪ひくだろッ!!」
 自分のコートを慌てて脱ぐと、影三はそれを妻に放る。
 だが、彼女は「大丈夫-!」と夫の意図することにmまったく気づきはしない。「結構温かいんだよ、これ。で、ねえねえ、似合う?」
「似合うって…そんな露出の高い格好に、似合うもクソもないだろ!」
「え〜似合わないかな」
 がっかりとしたような妻の声に、すこしだけ胸が痛む。
 似合うかどうかといわれれば、似合うのだろう。
 いや、それ以前に、それだけ挑発的な格好をされたら、夫としてはかなり困るのだが、妻はそれよりも、
この格好が自分に似合っているかの方が、気になるらしい。
 いや、そもそも、だ。
「なんなんだよ、それは」
「黒男の幼稚園の謝恩会でね」みおは言った。「今年は寅年だから、”うる☆やつら”の劇をするの-!で、私がラムちゃん役」
「それ、着る気かッ!!?」
「うん」
 無邪気に頷く妻に、影三は眩暈がした。
 冗談じゃない。
「お前ね…そんな腹で、惜しみなく脂肪を披露する気か」
 クラスの父親を誘惑するつもりか。人妻がヘソを出すな。
「脂肪なんか、ありません!」
「お前のドコがラムちゃんだよ、もっと若いんならともかく、溜め息つかれるぞ」
 写真とか撮られたらどうする気だ。アクシデントで、衣装が取れたりしそうで怖いぞ、お前の場合。
「なによ-!影三のバカ!お世辞でも”可愛い”って言ってよ」
「言えるかよ。俺は正直なの」
「もうッ!!」みおは盛大に頬を膨らませて「なによ-!せっかくエディさんに作ってもらったのに!!」
 突然の名前に、影三の動きがぴたりと止まる。
「…………なんだって?」
「だから、エドワードさん」そんな影三を不思議に思いながら、みおは「スリーサイズを教えて、作ってもらったの!私じゃ下手だから」
「……エドが?」
「うん。エディさんが」
「…そうか」
 ゆらり。影三は立ち上がり、コートを再び着込んだ。
「影三?」
「カナダに行って来る」
 ばたん。それだけ言い残し、影三はドアから出て行った。
「??…約束でもしてたのかしら?」
 残されたみおは、自分が爆弾を落としたことに、気づいてはいない。

 数時間後。
 脅威の速さでカナダにたどり着いた未曾有の天才が、
ドクタージョルジュを半殺しにしかけたというのは、彼の息子だけが目撃した事実であった。








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