朝、起きたら、最初にするのは珈琲を淹れること。
私と先生の二人分。おそろいのカップで、二人ともブラック珈琲。
二杯目はカフェオレ。
そんな日常に憧れるけど、先生は「だめだ」といつも言う。
「ブラックコーヒーは体に悪い」
「えー大人になったや、ピノコもぶりゃっくのみたい!」
「駄目だ、赦さん」
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一ヶ月ぶりに岬の家に戻ってきた。
居間のソファーに座りたまった新聞や手紙に眼を通す。
メールもたまっているが、それは後ほどするとしよう。
ふと、いつもと居間の雰囲気が違うような気がした。
なんだか明るく暖かな印象がある。
なんだ?
「あ、カーテンを新しくしたのよさと、」
少女の言葉。
納得した。
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先生へ。
今日は高尾山に行きました
いつも、中央線の高尾行きの高尾って何処かなあって思っていたの。
知ってる地名が通過するのを眺めるのは楽しいけど少し淋しかったです。
春になったらお弁当をもって一緒に行きたいから、手帳に書いて下さい
ぴのこ
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最高気温が3度以下は外出禁止って…先生、それはちょっと横暴じゃないの?
お買い物はどうすればいいのって尋ねれば、宅配サービスがいくらでもあるだろって、
とにかく3度以下は外出禁止。
じゃあ、沖縄にでも引っ越しちゃうよ?
今日は何度だって毎日電話をくれるのは嬉しいけどさ、でもねえ、先生…。
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「お空が笑ってるのよさ」
少女が指差す先に見えたのは、下限の月。
見事な受け月であった。
細く孤を描くそれは、夜空が口の端を持ち上げ笑っている様にみえなくもない。
それは果たして誰に対してなのかは判らないが。
「良い事があったのかな?」
再び少女が言った
その言葉に男は「かもな」と笑う
-終-
2012.3〜4