ふと、PCのモニターに表示されているタスクバーのデジタル時計を見た。
時刻は午前4時を8分ほど過ぎた数字を示している。
軽く眼を瞬かせ、天才外科医は立ち上がり、両手を握って背筋を伸ばした。
こんな明け方近くまで書斎に篭る気はなかったのだが。
すっかり強張った首と肩の筋肉をほぐすように、軽くストレッチをすると、彼は書斎を出た。
何か、温かい飲み物でも淹れ様かと思っての行動だ。
木造の廊下は、窓から差し込む月明かりか、又は曙の光かが、静寂を照らすように仄かに明るい。
窓枠も明るく見えるこの時間を、東雲と呼んだ古人は粋であったと、素直に思う。
ふと。
明るく見える窓枠から何気なく外を見て、天才外科医はギョっと眼を見開いた。
窓の外から見えるのは、岬の先端と広がる海原、そして続く空。
その岬の先端に、なんと毛布の塊があったのだ。
天才外科医は、慌てて、窓を開けて外へと飛び出し、毛布の塊へと駆け寄った。
いや、正確に言えば、毛布を頭から被った、少女の姿だったのだ。
「ピノコ!」
天才外科医は、半ば怒鳴りつけるように少女を呼んだ。「何をしているんだ、こんな早朝に」
「あ、ちぇんちぇい、おはようごじゃいます」
ぺこりと、少女は頭を下げた。鼻の頭が真っ赤だ。長時間、外部にいたのだろう。
「風邪をひいたら、どうするんだ!」
「らいじょうぶ」少女は笑って、ゴソゴソと毛布の中を探って「ほっかいろもたくさんあゆし、ひーとてっくも3枚重ねなのよさ!」
「…それで」天才外科医は頭を抑えながら「何を、しているんだ」
「願掛け」
少女の口から、天才外科医の予想を上回る解答が、出てきた。
は?と口を開いたまま、彼は少女の顔をマジマジと見つめる。
少女は、名案を思いついたとばかりに、得意そうな顔で説明を始めた。
「ながれぼしが流れてゆ間に、3回願い事をとねると、願いがかなうんよ!明け方がいちばん流れ星がながれゆって言うから、まってたのよさ」
「…ばがれぼし?」
「ちょ」少女は笑った。「お賽銭をいえて神様におねがいすゆより、ながれぼしを見つけるどりょくのぶんで、こっちの方がねがいがかないそーだなーと思って」
「…………………。」
少女の努力の方向性が間違っているような気もするが、ただの神頼みよりも聞きそうだという少女の表情は、本気の二文字を刻んでいる。
こうなれば、星が総て消える日の出まで、梃子でも動かないに違いない。
天才外科医は、少女の隣に腰を下ろす。
「ちぇんちぇい?」
不思議そうに見上げる少女を見ずに、海原を見つめながら天才外科医は言った。
「俺は、日の出に願掛けする」
「なにちょれー」
少女は笑った。そして、彼の膝に乗って、空を見上げる。
願いよ、叶え。
-終-
2010.12.13