久方の


   再会は数ヶ月ぶり。
 夕闇寸前の陽は、今日最後の輝きを訴えるかのように、眩しいほどに鮮烈な橙色で階段を照らしていた。まるで、用意されたお芝居の舞台みたい。出演者が、悪徳無免許医と安楽死医であるのなら、これは誰のために書かれた脚本なの。
「久しぶり、先生」
 聞きなれた台詞。数ヶ月ぶりの、声。
「キリコ、貴様、何故ここにいる」
 言いなれた言葉。数ヶ月ぶりの、台詞。
「俺がここにいる理由なんて、一つしかないじゃない」
「貴様、まさか、あの脳性麻痺の子どもの…!」
「うん、そう」
「貴様ッ!!」
 呆気らかんと返す言葉を打ち消すように、胸倉を掴む。
 近づきすぎて、逆光に表情は、見えなくなる。
 ただ、背後から鮮烈に光、橙色の光だけが。
「じゃあ、治せよ、ブラック・ジャック先生」
「端っから、そのつもりだ!」
「結構」
 するりと、まるで手品のように、胸倉を掴む手を引き離す。
 そのまま、優雅な仕草で横を通り過ぎた。
 かつん、かつん、かつん。
 響く靴音。
 遠ざかるそれは、そのまま安楽死医が、闇に帰ってしまいそうな、そんな錯覚さえ。
「まて、キリコッ!」
「そうだ」
 闇に溶ける寸前、追いついた白銀髪を、容赦なく掴む。
 そうだ。と言って、安楽死医は立ち止まる。「忘れ物」
「は?」
 ぶるぶると震える、髪を掴む右手。
 その手を掴まれ、憎たらしいほどに優雅な仕草で、引き寄せられる。
 そして。
 冷たい唇だと思った。それが、柔らかにそれが、無免許医の頬に軽く吸い付く。
「…な、にを…!」
 腕を振りほどき、目の前の男をにらみ付ける。
 隻眼を細め、小さく笑った安楽死医は「じゃあ、またな」と告げた。
 そして、何事も無かったかのように、暗い廊下の奥へと進む。
 迷いのない行動。羨ましいほどに、真っ直ぐな。
 頬を押さえて、壁に背を預ける。
 忘れ物、だと。
 ならば俺は、お前に忘れられた物なのか。
 奴の唇の痕跡を消すように、ぐい と頬を拭った。
 ふざけるな。
 俺は貴様を忘れない。
 また、必ず、掴んでやるのだ。
 揺れる、その長い銀糸の髪を。

 

-終-

2012.7.25 コウ

『日暮れ』の『階段』で『貶める』。『忘れ物』というワードを使って。