「ろくたーカラオケいこー」
という誘いにのれば命が危険であるのだが、面白そうなので二つ返事でのってやる俺も相当のお人好しだと、死神の化身は、その二つ名にそぐわぬことを考える。
しかし、少女のリクエスト通り、カラオケボックスなぞに連れて行けば、確実に通報されるであることから、カラオケの出来るバーへと、死神は、天才外科医の助手の少女を連れて行くことにした。
そんな場所へ幼児を連れて行っても通報されそうなものだが、まだマシというものであろう。
場末のバーは、初老の男が店主であることもあり、客は常連ばかりであった。
薄暗く、数十年は変わっていないであろう内装は、好きなものだけが来ればいいという、ある意味自分勝手な主張とも言えたが、その”好きなもの”の目当てが純粋にアルコールであることが、死神の足をたまに運ばせる要因とも言えた。
店の隅にあるカラオケのセットは古く、いつから使用していないのか想像もつかない。
だが、そのカラオケセットが置かれている一段だけ高くなった簡易の狭いステージでは、店主や常連客が演奏や歌を披露することがある。
その突然の催し物に異論を唱える者はいない。拍手するもの、無視を決め込み酒を楽しむもの。
何れも場を壊す事のない自分勝手が、そこにはあった。
だから、だ。
「可愛いお連れさんですね、ドクター」
「こんばんわー!ぴのこらよ!よろちく」
口数のあまり多いほうではない店主は、少女をみて笑うと、死神にはいつものスコッチ、少女にはノンアルコールカクテルをテーブルの上に置いた。
「マスター。ピノコ、カラオケがちたいんらけど、いいかちら?」
「ええ、勿論ですよ」
「あいがとー!」
例の簡易ステージにあがると、少女はマイクを手にした。
途端に流れてくるのは、今や、一日に一度は必ず耳にする、ディズニーアニメのヒットソングであった。
そんな最新のものを選曲できることに、恐らく店中の常連客は驚いたに違いない。
だが、驚くのは、この先にあった。
一音。
少女の表情がかわる。そのことに、誰かがごくりと喉をならした。
歌は、日本語翻訳したものではなく、原曲の歌詞であった。
英会話を必至で習っている少女の発音は美しく、そしてその旋律は原曲と違うことなく
。
いや、違うと、正確に理解したのは、恐らく、死神だけ。
あれは、この少女の本質であろう。
歌うのは幼い少女ではない。
これは、苦しみを知り、死を身近で体感し、死ねばいいと言われ続けながらも、耐えて、耐えて、そして生きる事を手に入れた者の奏でる、音。
幼い少女のそれではない。
これを歌うのは、18年以上生き続けてきた、彼女の肉声。
魂の歌。
歌い終えた少女に贈られる拍手に、当の本人は照れたように舞台をおりた。
その表情は、もとの幼い少女であった
。
「上手だね、お嬢ちゃん」
「あいがとー!
」
死神が褒めれば、本当に嬉しそうに、少女は笑った。「すっごく練習したんらよー!
」
「ねえ、お嬢ちゃん」死神は、尋ねた。「先生の前では、披露したの?その歌
」
「もちろん!
」
ぐびび。ノンアルコールカクテルを飲みほしたあと、少女は答えた。「ちぇんちぇいに一番に聞かせたのよさ!れも、ちぇんちぇいったら、とちゅーで”もう歌うな!”って怒っちゃって
」
「大人げない先生だね
」
「もーちぇんちぇいの前では歌わないことにすゆー」
「それがいいかもね」
少女の言葉を聞き、死神は当時の状況を想像する。
恐らく、天才外科医には見えたのだろう
。
少女の本質
。
まるで、その心の中を覗いたかのような恐怖さえ覚えたのではないのだろうか。
そう、彼女は見た目通りの少女ではない。
それでも、彼女が何故、英語歌詞で歌うのかに意味をもたせれば、それは、恐怖でしかないのかもしれない
。
だが、それでもやはり、少女は無邪気に笑うのだ。
歌う時だけ、本質を曝け出して。
The snow glows white on the mountain tonight
Not a footprint to be seen
A kingdom of isolation, and it looks like I'm the Queen
The wind is howling like this swirling storm inside
Couldn't keep it in; Heaven knows I've tried
Don't let them in, don't let them see
Be the good girl you always have to be
Conceal, don't feel, don't let them know
Well now they know
Let it go, let it go
Can't hold it back any more
Let it go, let it go
Turn away and slam the door
I don't car
e
What they're going to say
Let the storm rage on, the cold never bothered me anyway
It's funny how some distance
Makes everything seem small
And the fears that once controlled me
Can't get to me at all
It's time to see what I can do
To test the limits and break through
No right, no wrong, no rules for me
I'm free
Let it go, let it go
I am one with the wind and sky
Let it go, let it go
You'll never see me cry
Here I stand
And here I stay
Let the storm rage on
My power flurries through the air into the ground
My soul is spiraling in frozen fractals all around
And one thought crystalizes like an icy blast
I'm never going back,
The past is in the past
Let it go, let it go
When I'll rise like the break of dawn
Let it go, let it go
That perfect girl is gone
Here I stand in the light of day
Let the storm rage on,
The cold never bothered me anyway
r>
大丈夫だよ、先生。
お嬢ちゃんは、先生の傍にいてくれるから。
-終-
2014.8.11 コウ
※だから、なんとしても出てくるのですよ、キリコ先生が(笑)、