ティータイム


 降り続いて一週間になる雨を少女は、ベッドの上から眺めいていた。
 窓を伝う水滴をぼんやりと眺めるのも、そろそろ飽きてきていた。
 それでも、少女はベッドから降りることを許可されていない。
 主治医たる、天才外科医により、だ。
 少女は静かに寝返りをうつ。
 それだけで、体の関節部が鋭い痛みを訴え、悲鳴をあげそうになるのを、辛うじて堪えた。
 きつく眼を瞑り、しばらくの間、その痛みに耐える。
 ふうふう、と痛みを逃すように、早く、短く呼吸を繰り返した後に、ようやく少女は大地色の目を開けることができた。
 視界に飛び込んできたのは、色とりどりのデフォルメされた花模様。
 今年こそ、梅雨の時期を楽しく過ごそうと購入した、レインコートとレインブーツだ。
「ちゅかいたかったなあ…」
 拙い口調で、少女は呟いた。
 今年こそ。今年こそ。
 毎年願うのに、それは毎年裏切られる。
 仕方がないことだと理解していても、それでも現実を目の当たりにすれば、気持ちも沈んでしまうのだ。
 梅雨時になると、少女の体は、鈍い痛みを訴える。
 最初は倦怠感を伴って、徐々に関節稼動域が時には激痛を伴って。
 人工的な繋ぎ目が綻び、爛れ落ち、一つずつ欠片が零れていくような恐ろしさを、少女は感じていた。
 落ちた欠片は腐れ、二度と元には戻らず、欠けてゆく身体は、やがて空洞になり、カタンと倒れて動かぬまま。
 押し殺していた恐怖は、悪夢という形になってあらわれ、とうとう天才外科医の知ることとなったのだった。
 知られたくは、なかった。
 天才外科医が形成してくれた体に、恐怖を感じているなど、と。

「長雨の時期は、古傷が疼く。私もそうだ」

 悪夢と現実を混同し恐慌状態であった少女を抱きとめ、宥めてくれた天才外科医は、なんだそんなことかと、言わんばかりの口調で、こたえてくれた。
「ちぇんちぇいも?」
「そうだ。誰でもそうだ」
「…だえでも?じゃあ、ピノコは特別じゃないんらね」
 安堵して、でも先ほどの恐怖も僅かに残っていて、笑いたいのに涙が出てくる、変な笑顔になってしまったと、少女は恥ずかしくなった。
 だが、天才外科医は、辛い時には休め。泣くことも大事だ。涙には自浄作用があると精神医学では…と医学講義になりかけたところで、少女は睡魔に襲われて、柔らかな眠りにつくことができた。

 それから。
 長雨の時期。調子が悪いと思った時、少女は床につくようになった。
 主治医たる天才外科医に無理矢理に…という時もあったが。
 ベッドの上の住人は、正直、暇だった。
 つまらない。
 だが、楽しいこともある。
 ごんごん。ドアをノックする音に、少女の表情は明るくなった。来たのだ、楽しいことが。
「…ピノコ、おやつ食べるか?」
「うん!たべゆ!」
 少女がいつも天才外科医の書斎にコーヒーを運ぶためのお盆。
 今日は、ケーキとココアが載せられている。


 こんな時だけのお楽しみ。
 大好きな先生との、ティータイム。

-終-

2011.6.2 コウ