モグリの薬剤卸売りの業者から、極まれにくる非合法な治療依頼。
相手は暴力団関係者であったり、政治家であったり。
断る理由も無いので、やはりモグリの安楽死医はその依頼を受ける。
特に興味がないのだ。
傷口を見、治療を施す。
その結果がどうなるか、など、どうでもいい事だ。
刑事が暴行しすぎて、虫の息らしい。
片目が白く濁った薬剤業者は、いつもの通り、聞き取りづらい言葉で電話をしてきた。
指定された場所は、警視庁の留置場であった。
大学出の刑事が、容疑者に必要以上の暴行を加えるのはよくある事だ。
裏口から通ると、神経質そうな男が露骨に顔を顰めて、無言で奥の場所を指す。
加害者はこいつなのだろう。
安楽死医は奥へ臆せず進む。室内灯が厭に暗いのは、節電の為ではないだろう。
まるで、舞台の終焉。
消えかかった蛍光灯の薄暗いサスペンションライトを浴びるその姿は、哀れみのような、それとも仮の姿のような。
近づけば強く臭う鉄臭に、思わず顔を顰める。
「おい」
短く声をかける。その頭髪が持ち上がると、肌色が闇目にもはっきりと見えた。
顔面を斜めに横切る傷と、色の違う皮膚と。
「…キリコ…?」
気だるい声で、名前を呼んだ。「何で、お前がここにいる」
「呼ばれたんだ。天下の警視庁で人死にが出たら困るんだろ」
「それで死神が来たら、世話ないだろ」
「どうとでも言え」
顔を背けるぐらいしか行動で示さない。動かせないというのが、正解か。
沈黙したのを良い事に、安楽死医は処置をはじめる。
全身の打撲、骨折、火傷、裂傷、擦過傷。
リンチの見本のような傷の多さに、呆れる。
一体、何をしでかしたの。
左上腕を横に走る傷は、縫わないとダメそうだった。
「先生、自分で縫う?」
「怪我人に自分の怪我を縫えって?薄情な医者だな」
「いつも自分で縫うじゃない」
言い添えると、BJはゆっくりと目をとじた。「目が霞む。指先もだるい」
「それぐらい、平気だろ」
「お前が縫え、ドクターキリコ」
上から目線の命令口調。いつもの事だが、死神苦笑した。
この警戒心が強く、己の信念のみを信ずる男が、他人に傷を縫わせるなど、そうそうない。珍しい。
「…何を笑っている…」
「笑っていないよ、先生」
総ての処置を終えて、死神は立ち上がった。
「じゃあね、先生」
「ああ、助かった」
抑揚の無い声。一体何があったのかは聞かないが、少なくとも、複数の人間に数時間に渡ってのリンチを受けたものなのだというのは、分かる。むしろ、戦場での、捕虜への甚振りに近い。
「半日まってな。先生」
死神の言葉に、天才外科医はキョトンとした顔をしてみせた。
それは、まるで、幼児が法律用語を述べられ首を傾げるような。
「保釈金積んでくる。あとで返してね」
「…余計な真似はするな」
「それと」死神は、天才外科医の言葉を無視して、言った。「お前をそんな目に合わせた奴、ちゃんと葬ってあげるから」
「余計な真似はするな」
「するよ」
「キリコッ!」
「また、あとでね」
ヒラヒラと手を振って死神は去っていく。
彼は死神の化身。
命を摘む者。
-終-
2011.8.1 コウ