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 指先が凍えてしまいそうだった。
 きっと、実際に、凍えていたのだろう。
 だからきっと、彼は私に声をかけたのだ。

「凍りつくぜ?ブラック・ジャック先生」

 氷に閉ざされたかのような、冬のホテル。
 まるで童話に出てくる、城のよう。
 冬の女王が住まうとするなら、それは、彼か私か。

 純粋な涙で解けた氷のパズルを解くのは、誰。

 温もりが似合わない白い肌。
 死神も生きているのだと、実感する。
 所詮は人間。私と同じ。
 それなのに、その筈なのに。

「じゃあね、先生、いってらっしゃい」

 早朝、黙って出て行く寸前にかけられた、言葉。
 なにが、いってらっしゃい、だ。
「私は、お前の所には、戻らない」
「ああ、そうだよね」
 揶揄ような言葉。
 震える手でドアを開ける。
 後ろ手で閉めるとき、私は昨夜の記憶を、削除する。




-終-

2012.4.22 コウ