※アニメBJ21『生命の尊厳』補完駄文です 屈強と形容できる大柄な警備員だったが、あっという間に殴り倒されていた。 警棒を持つ警備員2名に取り押さえられたが、それでも一人は蹴り倒され、 その隙にもう一人も殴り飛ばされる。殴り倒された警備員が、首筋にスタンガンを押し当てた。 手加減をする余裕なく、その高圧電流が彼の急所にぶちこまれた。 「…ぐ…!」 首筋を押さえ、がくりと膝をつくがそれでも彼の意識は吹き飛ばなかった。 ぎろりとその紅い眼光が、警備員を貫く。 百戦錬磨と自負していた警備員ですら、その殺気に見が竦み、身体が強張った。 膝をつく彼を押さえつけたのは、ドクター・クーマだった。 床へと押し付け、その殺気の篭る彼の紅を真っ直ぐに見詰め返す。 「落ち着け、ブラック・ジャック君!」 その怒鳴り声に、一瞬だけその天才外科医は驚いたような表情をみせた。 だが 「放してください!」 高圧電流で麻痺している筈なのだが、 それでも彼はドクター・クーマの身体を乱暴に押しのけた。「俺には、俺にはピノコを守る義務がある…!」 「今、君が姿をみせても、蓮花を刺激するだけだ!」 「判断は自分でする…!」 まるで獣のような殺気だった。 触れる者総てを切り裂き、己すらも傷つけて、それでも突き進む、まるで死にに逝く者のように。 「ブラック・ジャック!」 震える叫び声と共に、警棒で天才外科医の後頭部を殴打したのは白拍子だった。 さすがの仕打ちに、意識が眩む。 だが彼が意識を失うことはなかった。 それは、彼の理性が、怒りが、意識を失うことを許さなかったから。 「…白拍子…!」 天才外科医の眼光に、白拍子は青い顔で立ちすくむ。だが、震えながらも 「お前は、この間、私を殴ったじゃないか!お返しだ!」 警備員が3人がかりで天才外科医を押さえつけた。 「ブラック・ジャック君、すまない」 押さえつけた右腕に、ドクター・クーマは注射針をつきたてた。 静脈内にできるだけ緩徐に注射する。 「セルシンだ」ドクター・クーマは言った。「頼むから、落ち着いてくれ。状況を、見守ろう」 「……!」 彼の顔が悔しそうに歪む。 そんな天才外科医を、白拍子は複雑な表情で見下ろしていた。 何故、この男はあの少女のこととなると、人が違ったようになるのだ。 あの少女は、身寄りの無い患児だということを、噂ではきいている。 つまり、ただの他人ではないか。 悪徳ともゴロツキとも噂されるこの男が、何故、あの少女のこととなると。 まさか。 白拍子は一つの結論に達した。 まさか、この男、幼女趣味なのか! 白拍子の少し的外れな結論を他所に、静まり返った病室内に、少女の病室からの音が静かに、鋭く響きわたる。 『動かないで!』 女の怒声は蓮花のものだった。 『あの男は、私から総てを奪ったわ!影三も、娘も、そして私の顔までもよ!影三は…! 影三は私のモノになったのに!あの男が生きているせいで、 影三は私を愛さなかった!あの女と同じ瞳を持つ、あの女の息子のせいでよ!!』 ぎりりと天才外科医は唇を噛み締めた。 押さえつけられている腕の拳が、色が変わるぐらいに握り締められ、ぶるぶると震えている。 『あの男は私の大切なモノを奪ったわ!だから、同じ苦しみを味あわせてやるのよ!』 「…ふざけるな…!」 呟く言葉は、恐ろしい殺気を滲ませた、ゾッとするほどのものだった。 何が総てを奪った、だ。 母の命を、その人生を滅茶苦茶にしたあげく、奪い去った人間にどうこう言われる筋合いは無い。 『激しいな』抑揚の無い静かな死神の声が聞こえた。『そうやって、銃口を突きつけながら、愛することを強要するのか』 死神の言葉。 天才外科医の瞳が僅かに見開かれる。 あの、死神。何故それを知っている。 何故、父が蓮花を愛さなかったかを、知っているのだろうか。 勘か。修羅場を死線を掻い潜り、請われる都度にその生命を摘み取ってきた、 最期の一呼吸を受け止めてきたという、死神の。 満徳は言った。父が日本へと戻らなかったのは、自分を守る為だったのだと。 そして死に際の母の言葉。 『お父さんを、許してあげましょう』 彼らは心が通じ合っていたのだ。そして語ることなく、二人は逝ってしまった。 互いに互いのことを愛していきながら。 『…蓮花さん…』 不意に少女の声が小さく響いた。『あたしは、ただの…ちぇんちぇいの助手なのよさ…蓮花さん、 それでも、あたしがちんで…蓮花さんがちぇんちぇいを許してくえゆなや…それで蓮花さんの気が済むのなや…』 「…ピノコ…何を…」 頭からざあ、と血の気が音を立ててひいていく。 少女の言葉が何を意味しているのか、瞬時には理解できなかった。 何を、おまえは何を、言っているのだ。 『だかや、お願い。ちぇんちぇいをゆるちて…わすれてくだちゃい』 凛と、少女の言葉が響いた。 「放せ…放してくれ!!!」 再び、彼は暴れだした。先ほどとは打って変わり、それこそ滅茶苦茶に「放せ!俺が…俺が…!!」 震えて、声が言葉にならなかった。 お前は、生きたいと、生きていたいのだと俺に渇望したじゃないか。 だから俺は、おまえに身体を作ったのだ。 お前が生きたいと叫んだから。 俺がお前に生を与えたのは、こんな終り方をさせるためじゃない。 こんな言葉を吐かせる為じゃない。 だから、だから、だから! 警察関係者が、蓮花を連行する。 彼女は少女に危害を加えることなく、事を終えることが出来た。 ふらつく足取りで、BJは少女の病室へと急いだ。 その後を、白拍子とドクター・クーマが続く。 声をかけることなど、できなかった。 慌しく人が出入りする病室内で、床に座り込む小さな影が目に入る。 「ちぇんちぇい!」 少女の満面に笑みが広がった。 それは、いつもの無邪気な笑顔だった。いつも見ていた、その表情。 どういう顔をしたらいのか、分からなかった。 どういう態度をとればいいのか、分からなかった。 恐らく、不機嫌そうにみえたのだろう。 少女の表情が、少しづつ強張っていく。 「あの…ちぇんちぇい…」 口を開いた瞬間、 ぱちん。少女の左頬を、天才外科医は平手打ちしていた。 軽いものだったが、少女を打つなど、初めてだった。 少女もよほど驚いたのだろう。 怖い、叱られるといった感情よりも、驚きの方が上のようで、ぽかんとしている。 天才外科医は無言で、自分が平手打ちした左頬を、自分の右手で包み込んだ。 小さな、小さな頬だった。 そして、その視線を床へと落した。 「ピノコ」瞳を合わさずに、彼は口を開いた。「約束してくれ。これから何があっても、 自分から命を差し出すような真似はしない、と」 「ちぇんちぇい…」 「約束してくれ、頼む」 とても、少女の顔をみることができない。 きっと、今、自分は酷い顔をしている。 少女が心配するほど、酷い顔を。 ただ、その手が微かに震えていた。 神の手と賞される、天才外科医の右手が、少女の頬に触れながら。 「わかったよのさ…」 少女ははっきりと答えた。「約束する。ごめんなちゃい…ちぇんちぇい…」 「…いや…わかれば、いい」 言葉を聞き、やっと天才外科医はその顔をあげて、少女をみた。 「久しぶりだな、ピノコ」 「ちぇんちぇい…」くしゃりと少女の表情が歪む「…ちぇんちぇい…あいたかったよのさ!!」 いつものように、少女は彼に抱きついた。 いつものことなのに、それはとても懐かしくて、とても愛しかった。 少女の小さな身体をBJは抱きとめる。 胸の中でわんわん泣きじゃくる少女を、BJは優しく抱きしめた。 少女の緊張が切れたのだと、感じた。 寂しい思いを、恐ろしい思いを、そして。 「いつまでも、泣くな」 BJは優しく頬を撫でる。そして伝う小さな涙を拭ってやる。 「手紙、嬉しかった。心配かけて、すまなかった」 「ううん」少女はにっこりと笑った。「ちぇんちぇい、元気そうでよかったよのさ!」 「回復した。が、正解だな」 急にBJの視界がぐらりと揺れた。 額に手を当て、意識を保とうとするが、徐々に蝕む不自然な眠気に、 BJは固く瞳を閉じて、それを追い払おうとする。 「ちぇんちぇい?」 「いや、大丈夫だ…」 そうは答えるが、その固く閉じた瞼を開くことができず、 天才外科医はそのまま暗闇へと意識が引きずられていった。 「大丈夫だよ、催眠鎮静剤がきいてたんだ」 ドクター・クーマの言葉に、少女は「そっかあ」と安心したように笑った。「急に寝るから、びっくりしたよのさ」 「そうだね」 クーマもつられて笑う。 意識を失ったBJは、そのまま床へと倒れ、今は安らかな寝息を立てている。 そんな彼の頭を、少女はそっと自分の膝へとのせた。 まるで幼子をあやすように、少女は彼の髪をゆっくりと撫でる。 「病室に連れて行こう」 クーマの言葉に、少女は、静かに首を横に振った。「ごめんなちゃい…もうちょっとこのままでも、いい?」 その言葉を、クーマは受け入れた。 久しぶりの再会だ。離れがたいのだろう。そう、クーマは思ったのだ。 「毛布を持ってこさせよう」 「私が、もってきます」 申し出たのは、以外にも白拍子だった。 彼は病室を出て、リネン室へと向かう。 廊下を歩きながら、白拍子は口元に手をあてた。 なんとなく赤面をしている自覚があった。 少女の膝を枕にして眠る悪徳無免許医。 だが、あの少女の表情。あれは、とても少女のものとは思えない。 それは慈愛に満ち、そして彼を愛している顔だった。 まるで、あの悪徳無免許医の総てを許し、総てを愛し、それはまるで妻のような、母のような、 そう、あれはまるで宗教画に出てくる、慈愛のマリアのような無償の愛情に思えた。 BJの為なら、その生命を差し出すことも躊躇しない。 なんて少女なのだ。 なんて愛情なのだ。 母のような女性だと、思った。 あの悪徳ともゴロツキとも言われる、犯罪医師の傍にいる少女が。 「ふさわしくない」 ふさわしくない。そんな素晴らしい少女が、あんな男の傍にいるなどとは。 少女は 彼女は、白拍子が今まで出会った、どんなステータスの高い女性よりも素晴らしく思えた。 リネン室から毛布を引っ張り出し、病室へと戻る。 「あいがとう」 美しく笑う少女の表情に、大きく心臓が跳ねた。 まるで、恋をしているかのようだった。 生命の尊厳『恋の始まり』