大好きな貴方へ

■胸を張って幸せだと言えるよ


 今日も少女は、鼻歌混じりに、てくてく歩く。
目的地は、商店街のお肉屋さん。
ここのお惣菜のコロッケの香りが、食欲をそそるのだ。
「…えっと、コロッケと…牛肉ブロック300と…コロッケとお…」
「ピノコちゃん、コロッケ5つと、牛肉ブロック300でいいのかい?」
「うん!…あ、それと、やっぱりコロッケ、6つ!」
「あいよ!」 威勢のいい、肉屋の主人の声。
渡される、お肉の重さ。
コロッケの香ばしさ。
温かさ。
感じ取れる、総ての知覚が、いまでも夢のようにおもうのです。
ちぇんちぇい、ピノコ幸せらよ。
そう、胸を張って、言えるのです。



■心地よい、温かな鼓動


初めて、ちぇんちぇいの聴診器を借りて聞いた鼓動に、驚いた。
だってそれは、とっても穏やかで、綺麗な音だと、思ったから。
鼓動は、
ねーたんの中に居た時は、まるで、雷のような、地鳴りのような。
とても大きくて、とても怖くて、その音に押しつぶされて、いつか死ぬのだと、思っていた。


新聞を読む、ちぇんちぇいの膝の上に乗る。
機嫌が悪いときは降ろされてしまうけど、機嫌がいいときは、何も言わない。
ちぇんちぇいの胸に頭を預けると、聞こえてくる、ちぇんちぇいの鼓動。
規則正しい、生命活動の音は、とっても穏やかで、とっても優しい。
心地よくて、温かな鼓動なのだ。



■糖分不足注意報

気がつけば、ホテルの大窓からは柔らかな白い日差しが差し込み、この国が目覚めた事を告げている。
天才外科医は、大きく伸びをすると、両の目をぎゅと閉じた。
一晩中、パソコンの画面をにらみつけてつけていたのだ。
両肩、背中が軋むような感じがする。肩甲骨辺りが、強張っていた。
ふと。
咽喉の渇きを感じ、インスタントコーヒーをいれるべく、天才外科医は立ち上がる。
かれこれ、この国に来て、一ヶ月がたとうとしていた。
コーヒーを淹れ、一口飲む。
と同時に、甘いものを口にしたくなった。
そういえば、こんな夜通しの作業を自宅でしていると、助手の少女は、コーヒーカップの横に、チョコレートを添えていた、と思い出す。
その時の癖なのだろうか、無性にチョコレートが食べたくなってきた。
「いや、頭脳労働で、糖分を欲しがっているだけだな」
思わず口にして呟いた。まるで言い聞かせるような、言い訳のような。

”おちごと、ごくろうちゃま”

舌たらずの声も、聞いてない。自宅で夜通しの作業をしていると、助手の少女が必ず…。
「睡眠と糖分不足なだけだな。朝飯でも口に入れるか」
誰も聞いていないホテルの一室で、天才外科医は口にした。
言い訳がましく聞こえるのは、本人には内緒だ。


2011.5.1
お題提供”serenade”(http://sayokyokuxxx.nobody.jp/)
透明音階+(http://kewpiem.yumenogotoshi.com/)