想像力が欠如しているというか、考えられない、一種の知的発達の遅滞なんですか。
神経質そうな、若い幼稚園教諭は、まるで教科書を読みあげるように、一人の子どもの事をまくし立てる。
一般的に出回っている知識に、振り回されているな、と辰巳は幼稚園教諭の話を、静かに頷きながら聞いていた。
この若い幼稚園教諭が話す子どもとは、かの天才外科医の所にいる少女のことであった。
「将来の夢という題材で、描画させたんです。あの年代の女の子であったら、お嫁さんやお店屋さんなど、知識からある程度の想像を描写することが出来る筈です。でも、あの子は……」
少女は、現在の自分の家にいる、自分自身の姿を描いたのだという。
「大人になったら住みたい家、憧れの生活、そういったものがないんですよ。これは、発達障害の類に属するんじゃないでしょうか」
「いえ、一概には、そうは言えないでしょう」
苦笑しながら、辰巳は答える。「確かに、変わったお子さんだとは思います。ですが、ここで病名をつけてしまうことが、そのお子さんの為になるとも、思いませんよ」
若い幼稚園教諭は、口の中で何か呟きながらも、納得の行かない顔で退室をした。
もともと、園側からの要請もなかったのだから、恐らく、あの教諭の独自の判断でここに来たのだろう。
辰巳は、軽くため息を吐く。
その日の夕方。
珍しく定時にあがれた辰巳は、ケーキを購入して岬の診療所へと向かった。
「あ!辰巳先生!とケーキ!」
ドアを開けた少女の素直な反応に、辰巳は自然と笑いを零していた。ガレージは空であったから、天才外科医は留守であるようだった。
大好きなショートケーキを口いっぱいに頬張り、口の周りをクリームだらけにしているこの少女は、見た目どおりの人物ではない。
18年間、腫瘍として双生児の姉の身体に寄生し、更に意識があったのだという。
「おいちい!辰巳先生、大好き!」
「喜んでくれると、買ってきた甲斐があるよ」
”変わりたくない。今のまま、ずっと一緒のままがいい”
少女が担任教諭に語った言葉は、現状を変えたくないこだわりのある発言のようにも聞こえる。
だが。
拙い表現の中にある、その必死の願いの意味を、辰巳は、よく知っている。
ずっと、変わらなければいいと、思う。
少女がいる、この岬の診療所に天才外科医が帰ってくるという、この現状が。
少女が願い止まなかった生きる時間は、始まったばかりなのだから。
-終-
2011.8.1 コウ