ホワイト・デー


 「ホワイトデー?」
 聞きなれない言葉に、ジョン・ワトスンは思わず復唱をする。
 目の前でココアを飲む少女は「ちょう!」と笑顔で答えたのだった。「バレンタインデーのお返しをすゆ日なのよさ。ちぇんちぇいは、日本だけの日だって言ってたけど、本当?」
「…うーん、とり合えず、イギリスにはないね…日本は本当に礼儀正しい国だね」
 ミルクティーを啜りながら、ジョンは小さなレディに紳士に答えた。

 場所は、ピカデリーサーカスから程近い北欧風の小さなカフェ。
 窓際の明るい席に向かい合って座る二人は、一見、親子のようだった。
 ただ、一人は金髪緑目の白人に対し、向かい側に座る少女は、赤み掛かった栗色の髪に、濃い琥珀色の瞳のアジア系。
 親子のようにもめる年齢さだったが、その二人の和やかな雰囲気は、親子とは違う、立場または立ち位置が同じである、同士のような匂いがした。
 それは、何故なら、天才外科医の助手であるピノコと、諮問探偵の相棒であるジョン・ワトスンであったからとしか、言いようがない。

 天才と呼ばれる人間のパートナーの立場にある二人。
 二人は同士なのだ。

 そして、とある事件を境に、ジョンと少女はメル友になったのだ(笑)
 そんな縁で、少女が英国を訪れたとき、よく二人で会っている。

 ただし、それぞれのパートナーはそれをよくは思っていないようだったが…。

 少女の言う先生とは、天才外科医とも悪徳無免許医師とも呼ばれる闇医者のことだった。
 その言葉から思い浮かべるイメージを、助手である少女は驚くほど和らげ、そして好意的に感じる効果を醸し出してる。
 それは少女の本質からくるものであるのだろう。

「そえでね」

 少女は上目遣いの視線で、遠慮がちに口を開く。「せっかくやから、ロンドンでホワイトデーのお返しを買いたいの、ジョンに手伝ってほしいんらけろ、らめ?」
「なんだ、そんな事。僕でよければ」
 ジョンの言葉に、少女は「あいがとう!」と嬉しそうに笑ってみせた。
 それは、本当に綺麗な、本当に純粋な笑顔だ。
 裏切れない、と決意させられるほどに。

「あのね、バレンタインデーに、ピノコ、ちぇんちぇいからチョコレート貰ったの!本当はピノコがあげゆはずだったんだけど、風邪で寝てたかや…それでね、ちぇんちぇいが、お見舞いだって、チョコレートケーキを買ってきてくえたのよのさ!」
「へえ…あのブラック・ジャック先生がねえ」

 少女の口から語られる闇医者の実像は、噂とはかけ離れたものだと、ジョンは思う。
 恐らく変えたのだ。この少女が、闇医者の事を。
 人が人を変えるということは、難しい。
 人を変える事が出来るのは、立場なのだ。

 ならば、闇医者を変えたのは、やはりこの少女なのだ。

「ジョンは?探偵さんにあげたの?」
「いや、うん、チョコレートが好きだからね、板チョコを数枚」
「いたちょこー?」
「実用的だろ?」
「そうらねージョンらしー」
 ケラケラと歩きながら二人で笑う。

 それは、春の足音が聞こえてくる寸前の、昼下がり。






「ちぇんちぇい、ホワイトデー!」
「はあ?」

 天才外科医は助手の言葉に、思わず疑問を投げかけた。
 日時はすでに4月。ホワイトデーとは3月の行事ではなかったか、確か。
 だが、よくよく考えてみれば、ホワイトデーである3月中旬は依頼病院から一歩もでずに、データを睨み付けていた。
 つまり今頃渡されるプレゼントは、自分のでいでもあるのか、と天才外科医は思い至る。

「はい、どうちょ」
 少女の小さな手に収まるほどの、小さな小箱。
 光沢のある青い包装紙に、品の良い金色のリボンが装飾されているそれは、子供のくれるプレゼントとは言い難い。
「…どうも」
 天才外科医が手に取ったのを見て、少女はすかさず言った。

「そえ、ドクターワトスンと買いに行ってきたよのさ」
「……………なんだと?」

 途端に、BJの眉間に皺が寄る。反射的にその小箱を力いっぱい投げ捨てそうになったが、思いとどまった。
 少女が他人と選んだプレゼントなど、正直、抹殺したのだが。
「ドクターワトスン………て、あの元軍医の金髪か?リトルホームズの家政夫の」
「パートナー!」少女は、その小さな唇を尖らせて「ジョンも探偵さんにプレゼントをすゆって一緒に買ったの。探偵さんとおちょろいだよー」
「…いらん」
 今度こそ、BJは本音を口にした。
 少女とおそろいならともかく、あの探偵の…英国社会の裏を取り仕切るマクロフト・ホームズの弟と同じブツを持つなど、気持ち悪いにも程がある。
「もう、そんな事言わないで、みゆだけ見てよー!
」 「いらんものは、見たくも無い」
「じゃあ、ピノコがつけゆよ!」
「…見るだけならな…」
 渋々、天才外科医は承諾する。
 身につけるのは御免だが、それを少女が見につけるなど言語道断だ。
「かわゆいのー!はやく、あけてよー!」
 はしゃぐ少女の横顔をちらりと見て、天才外科医は、少女からのプレゼントの小箱を開ける。







■■■■
※プレゼントは次のうちの、どれでしょう。
1.写真を入れることの出来る、蓋つきのペンダント
2.LEDライトつき高級鑑定ルーペ
3.ABO式簡易血液型判定キット
4.手術用メス

…探偵氏とおそろいって正直私にもよくわからない…(お前ー!)



-終-

2011.3.20