「あえ?」
眠りから覚めた少女は、思わず、そう呟いていた。
月のカレンダーが残すところあと一枚となった日。
寒気団が日本列島を覆い、この岬の診療所も例外なく、その寒気に包まれて冬将軍到来を実感させられる、凍てつく朝。
ただでさえ、隙間風の絶えないこの診療所の寝室は寒いのだが、今は、彼の天才外科医が出張中であるため、尚更、寒い。
不本意ながらも、一人で留守番をする少女だが、誰が見ているわけでもないのだから、多少は遅い時間に起床しても良いものだが、それでも、この診療所に自分ひとりだけでも、少女はちゃんと決まった時間に起床する。
それは恐らく、少女は意外に真面目な気質だからだろう。
そう、いつもと同じ時間に起きた少女は、眼を丸くした。
それと言うのも、昨夜、床についた時にはなかった筈のものが、何故だか今は枕元にあるからだ。
「なんれ?」
少女は不思議そうに、それを摘みあげる。
正体は、少女のお気に入りの靴下だった。
白地に踵部分とつま先部分が赤く、ワンポイントが緑色のもみの木。
まさに12月に相応しい靴下だが、これは昨日、畳んでクローゼットにしまっておいた筈。
小首を傾げながら、ふと、気付く。
靴下の中に、何かが入っている。
恐る恐る、少女は靴下を傾けて、中に入っているものを取り出した。
それはすんなり、少女の小さな手の上に転がっておさまった。
「わあ…!」
少女は思わず、黄色の声をあげる。
その小さな手のひらに転がってきたのは、シルバーのチェーンにくっついた、親指の爪ほどの大きさの雪の結晶だった。
六方対称の六方晶型と呼ばれるその結晶のモチーフは、シルバーを基材に、小さな赤や青の石がまるで悪戯に置いたかのように、不規則に並んでいる。
少女は大切にそれを首からかけると、桃色のフリースを羽織り、急いで居間へと向かった。
その雪の結晶をモチーフとしたアクセサリーは、イタリアの小さな工房で作られたものだった。
少女がそれを知っていたのは、たまたま、雑誌に載っていたのを覚えていたからだ。
そのイタリアの工房の老人が、今回の依頼者であった。
少女は、その工房の老人が作る雪の結晶のアクセサリーが如何に素晴らしいかを訴え、自分も同行したいと、我ながらしつこく強請ったのだが、天才外科医は最後まで首を縦には振らなかった。
世界情勢は、ゆっくりと、確実に悪くなっている。
特に欧羅巴圏の裏街道は、危険極まりない…というのが、彼の弁だ。
「ちぇんちぇい!おかえりー!」
居間に飛び込むと、天才外科医がソファーに座って新聞を読んでいた。
数ヶ月ぶりだというのに、まったく変わらない態度に、少女は安心する。
暖炉が赤々と燃えて、居間は暖かかった。
「もう、起きたのか」
新聞から眼を離さずに、彼は答える。
「お疲れちゃまー!」少女は新聞の前に立ち「早く終わったんらね」
「ああ」彼は新聞の内側で答える。「思ったよりも早く、状態が安定したからな」
少女は胸元の雪の結晶を手で掬うと、彼の目の前に持ってくる。「こえ、あいがと」
「………。」
ちらりとそれを見て、彼はまた新聞に視線を落とす。
少女は、満面に笑みを浮かべて「ピノコに天使がご褒美をくえたのかと、思ったよのさ」
「サンタクロースだろ?」
視線を合わさずに、天才外科医は答える。
少女は「そう!」と、彼の首に抱きついた。
「ピノコのサンタクロースちゃんなのよさ!」
一足早く、ありがとう。
-終-
2010.11.29
※私にしては珍しくストレートに甘いジャピノで、恥ずかしい…!