「はい、辰巳ちぇんちぇい、どーぞ!」
「もしかして、このケーキ手作り?…うわあ、感激だなあ」
辰巳は、皿の上に載せられた少し歪なケーキを見て、感激の声を漏らした。
市販のケーキにはないその歪さは、少女が時間を費やして作り上げた、作品だ。
「えへへ、形はわゆいけど、おいしーよ!」
無邪気に笑う少女は、どうみても4,5歳だ。だが、その言葉が事実である事を当然辰巳は知っている。
少女は、その外観からは想像がつかないほどの年齢を経験しているのだ。
天才外科医ブラック・ジャック。
そう呼ばれるモグリの無免許医師の助手という特異な立場にいる少女は、現在、辰巳が夜勤の為に居る総合病院の医局にいた。
本来なら部外者はご法度なのだが「差し入れらよー」とわざわざ雪の降る中現れた少女を追い返す事も出来ない。
この総合病院は少女も何度も来た事があるし、スタッフも顔なじみなので、まあ、いいか。
それに今日はクリスマス・イヴだからなあ…。
と辰巳は能天気に、少女の来訪を許したのだった。
聞けば、天才外科医は海外へ出張らしい。
勤勉な事だと、自分の事を置いといて辰巳は思いつつ、目の前の少女を不憫に思った。話を聞いた直後は。
あの岬の家で、クリスマス・イヴの夜に一人きりなんて、さぞ淋しかったのだろう。
「うん、淋しいけろ、ここに来たのは、ケーキがあまったかや」
あっけらかんと笑って、少女は言った。「らって、ケーキって冷凍できないし、辰巳ちぇんちぇいに一緒にクリスマスケーキを食べてくえゆ人ができたって聞いてないかや」
「…うん、そう、その通りだよ」
ずーん。思わず独り身オーラを色濃く醸し出す辰巳を見て、少女は慌てて「ごめんなちゃい!」と謝った。「でも、だかや、ピノコは辰巳ちぇんちぇいとこうやって気兼ねなく過ごせて、嬉しいかや!」
「ありがとう、ピノコちゃん」
慰めだか、なんだかよく分からない言葉だったが、辰巳は素直にそれを受け取った。
曲解したり裏を考えないのことが、辰巳の長所だと言っておこう。
「それにしても」辰巳は急患が入らないうちにと、ケーキを食べる事にする。「間…ブラック・ジャックがいなくて、ピノコちゃんも大変だね」
「いいの、ちぇんちぇいは、サンタクロースみたいなものだから」
「は?」
少女の言葉に、辰巳は脳裏にブラックサンタを思い浮かべていた。
ブラックサンタとは、良い子にプレゼントを配り歩くサンタクロースの兄弟で、悪い子は袋に詰めて強制労働をさせるらしい……と辰巳が勤める施設の保育士が、子供たちを脅していた。
それを告げると、少女は「そうじゃなくて」と大笑いしてから「BJちぇんちぇいもそうだけど、辰巳ちぇんちぇいも、ロクターは病気の子や障害を持つ子にとっては、希望をくえゆサンタクロースなんらよ」
大業な言葉を紡ぐ。それでも、少女は笑っていた。
「だかや、ちぇんちぇいはオペをして、完治させないといけないの。聖夜のオペは失敗ちたら、駄目らかや。ピノコはサンタちゃんを支える妻らの。だかや大変じゃないよのさ」
大業な言葉だ。だがその言葉には重みがある。
何故なら、少女は体験者だ。
体験してきた人間の言葉に、何を反論する余地があるだろう。
「なるほどね」
辰巳は深く頷いて、少女は「そうらよ」と自慢げに答えていた。
そんな態度が可愛いらしく、健気だな、と辰巳はケーキを食べながら思っていた。
処置を終えて仮眠室に戻ると、少女の携帯電話が鳴っていた。
だが、少女は夢の中だ。
辰巳は着信情報を見て、その携帯電話にでた。「もしもし、間?」
「………………辰巳か?」
不審そうな声に。思わず噴出しそうになる。だいたい、少女を置いていったのは自分の癖に。
辰巳は、自分が少女の携帯電話に出たいきさつを話す。
不審そうな空気は幾らか和らぎ「世話を掛けたな」と電話の向こうから謝罪の言葉が出た。
「ま、サンタクロースは忙しいだろ」
「?何の話だ」
「言ってたぞ」辰巳は言った。「俺たち医者は、サンタクロースらしいぞ」
「…なんだそれは」
帰って来たら、ピノコちゃんに聞くんだな。
そう笑って、辰巳は眠っている少女の肩を揺り起こす。
-終-
2010.12.24