ある店員のはなし


 その二人は、時々訪れる。
 ショッピングモールにある宝石店は、気軽に商品を眺めることができるようなカジュアルさと開放感があった。
 ウィンドウショッピングを楽しむ若いカップルがよく訪れるここの店員が、その二人の事を覚えていたのは、所謂、カップルや友人というカテゴリーにカテゴライズされない、多少異質を放っていたからだ。
 異質と表現したが、決しておかしな客ではない。
 むしろ微笑ましいと表現したくなる二人は、一見、親子のように思えた。いや、初めて二人を見たときは、親子だと思ったのだ。だが、それは違うと思ったのは、幼稚園児ほどにみえる少女が、連れ立ってきた男性を「先生」と呼んでいたからだ。
 二人は、いつも、奥のショーケースを見に行く。
 そこに少女がお気に入りの指輪があるのを、店員は知っていた。
 だが、その指輪は。
「あえ!?」
 店員の予想通り、少女は驚きの声をあげた。「あの指輪、売れちゃった…」
 あまりに悲しそうな声に、店員は思わず「その指輪でしたら…」と連れの男性を見上げた。
 だが、男性は、眉間に皺を寄せて店員を睨みつけている。
 その迫力に、店員は思わず口を噤んでしまった。





 
 「あ、こえ、きえい」
 少女がそう言って、お気に入りの指輪を見つけたのは、もう1年程前であった。
 店の奥にある指輪の陳列されたガラスケースの中身。
 そこは結婚指輪を集めたコーナーで、シンプルな銀のペアリングが並んでいる。
 宝石の類は一切ないシンプルな指輪の一つを、少女は指差して、そして言った。
「ちぇんちぇい!ぴのこ、ちぇんちぇいとけっこんすゆとき、この指輪がいい!」
「……俺は嵌めないぞ。お前だって、オペのときは外すんだぞ」
「わかってゆのよさ」
 そんな不思議な会話であった。
 キラキラと輝く宝石のついた指輪よりも、少女はいつもシンプルな銀の輪を欲しがっていた。
 男性は、そんな少女を静かに見守っていた。





 もうすぐ初夏という時期であっただろうか。
 男性が一人で現れた。
 無表情で、彼は、少女がいつも欲しいと言うペアリングを買い求めた。
 誕生日のプレゼントなのだろうか。あれほど欲しがっていたのだから。
 そんな軽い気持ちで、店員は、マニュアルの言葉を口にする。
「指輪に言葉をお彫りになりますか?」
 銀輪の内側に、言葉やイニシャル、日付を彫るのがオプションのサービスであるのだ。
 男性は逡巡した後に、言葉を口にする。
「I want you to live. と彫れますか」と。
 その重い言葉に、店員は僅かにうろたえた。
 男性の視線は静かに、静かに店員を見詰めている。
 あの少女への言葉であるのだろうか。
 指輪のサイズが小さすぎたため、長文は無理だと告げると、男性は、何も彫らずに指輪を持ち帰った。





 あれから、季節が幾つか巡り、二人は現れた。
 変わりない様子の少女に、店員は僅かにホッと息を吐く。
 そんな店員を気にすることなく、二人は、いつも、奥のショーケースを見に行く。
 そこに少女がお気に入りの指輪があるのを、店員は知っていた。
 だが、その指輪は。
「あえ!?」
 店員の予想通り、少女は驚きの声をあげた。「あの指輪、売れちゃった…」
 あまりに悲しそうな声に、店員は思わず「その指輪でしたら…」と連れの男性を見上げた。
 だが、男性は、眉間に皺を寄せて店員を睨みつけている。
 その迫力に、店員は思わず口を噤んでしまった。

「また、お気に入りを探せばいいだろう」

 男性が、ガッカリする少女に声をかける。
 それはひどく優しい声色であった。
「新作だって、毎年出る。毎年、気に入ったものを探せばいい」
「えー!そえって、ピノコとけっこんすゆ気ないってことー?」
「俺は、気に入ったものを探せと言っているだけだ」
「うーーー」
 犬のように唸ると、少女は、えへらと笑ってみせた。
「そうらね。ねーたんに命を分けてもらったんだし、あせゆことないよね」

 I want you to live.

 店員は思わずその言葉を思い出す。
 この二人に何があったのか、店員に知る由もない。
 だが。

「そうだな」
 男性も答える。
 そして、二人は店をあとにした。
 彼らがまたこの店を訪れることを、店員は密かに心待ちにしている。


-終-

2013.8.30 コウ