一度だけ、垣間見たことはあった。

 あれは残務処理をするために一時的に勤めた総合病院での事。
 ノワール・プロジェクトに僅かにでも関わった人間が持ち帰ったデータを削除することが、ジョルジュの使命であった。
 その僅かでも。些細でも。
 そのプロジェクトの禍根が若い命を脅かす危険を、ジョルジュは摘み取っている。
 気の遠くなる話であった。関わった人間は多種多様であったし、三桁はいるのだから。

 その日は若い医師たちが浮き足立っていた。
 奇跡の腕とも天才外科医とも噂される、東洋の闇医者が、難治性疾患の手術をすることになっていた。
 天才外科医。だが、医師免許は持っていないのだという。
 その難治性疾患をジョルジュも眼を通していた。
 どれだけ小手先の技術を持ってしても、あの症例は不可能だ。
 そう思いながらも気になるのは、噂の外科医が東洋人であるからだろうか。
 東洋人の天才を、ジョルジュは知っている。
 勿論、件の天才外科医ではない。
 ジョルジュの知る天才は、臨床医ではなかった。
 だから、なのか。
 一目でも見てみようかと、ジョルジュは手術棟へと足を向ける。
 遠目にうつる黒尽くめの男が、医師に囲まれていた。
 恐らく彼が噂の。
 ジョルジュはもう少しだけ近づき、そして息を呑む。

 影三…!

 口から飛び出そうな名前を、寸でのところで飲み込む。
 そしてジョルジュは踵を返すと足早にその場を去った。
 
 間 影三。ジョルジュの知る、天才と呼ばれる東洋人。
 驚くほどあの外科医は似ていた。ただし、若いときの彼に、だ。
 東洋人であるからなのか。
 垣間見ただけの、噂の外科医の顔が脳裏に焼きつき、それが、影三のそれと重なる。
 まだ、研究医として、純粋に探究心の塊であった頃の彼に。
 あれから。彼には絶望だけが課せられる。
 満徳の飼い犬になる為に、妻を殺され、息子を奪われたのだ。
 そこまで思い至り、ジョルジュは一つの符号に思い当たる。
「…まさか、そんな…」
 愕然と呟くが、それを聞くものがいなかったのは、幸いであった。


 ブラック・ジャック
 天才外科医とも悪徳無免許医とも称される彼の本名を満徳が知るのは、その数ヵ月後であった。













垣間見る

2013.12.24